月別アーカイブ: 2018年5月

【感動】「ありがとう」の反対の言葉を知っていますか?

ありがとうの反対語など
今まで考えたこともなかった。

教えてもらった答えは・・・

「あたりまえ」

「ありがとう」は漢字で書くと「有難う」
「有難(ありがた)し」という意味だ。

あることがむずかしい、まれである。
めったにない事にめぐりあう。

すなわち、奇跡ということだ。
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奇跡の反対は、「当然」とか「当たり前」

我々は、毎日起こる出来事を、
当たり前だと思って過ごしている。

歩けるのが、あたりまえ。

目が見え、耳が聞こえるのが、あたりまえ。

手足が動くのが、あたりまえ。

毎朝目覚めるのが、あたりまえ。

食事ができるのが、あたりまえ。

息ができるのが、あたりまえ。

友達といつも会えるのが、あたりまえ。

太陽が毎朝昇るのが、あたりまえ。

うまれてきたのが、あたりまえ。

夫(妻)が毎日帰ってくるのが、
あたりまえ。
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そして…

生きているのが、あたりまえ。

また、ある夫婦の話もしてくれた。

晩酌の時、いつも無口の夫が、
「ちょっと、お酌してくれないか?」
と珍しく妻に言った。

台所の片付けをしていた妻は、
「今、忙しいから自分でやって」と答えた。
夫は少し寂しそうだったが、
手酌で酒をついだ。

その、2~3時間後、夫は急に倒れ、
救急車で病院に運ばれ、
帰らぬ人となってしまった。

それから、妻は、
何故あの時、
夫にお酌をしてあげなかったのかと、
ずっと悔やんだという。

あの時何故、もっと、
優しい言葉で、
こぼれるような笑顔で、
感謝の言葉で、
接することができなかったのか…

誰しも、
今日と同じ日が明日も繰り返されると思う。

今日、
誰かと出逢い、話し、笑い、
食事をして、仕事ができる。

こんな当たり前だと思うことが、
本当は奇跡の連続なのだ。

「有ること難し」

生きて、出逢う、という奇跡の連続に、
「ありがとう」を言わずにいられない。
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【 感動する実話】妻が出した驚きの離婚の条件とは?

今日はある夫婦の記事を通して、日々のささやかな幸せ。
それが人生で何よりも大切であるということを語ってます。
長文ですので、お時間が取れるとき、お読みください。

 

ある夫婦の実話 「妻が出した驚きの離婚の条件とは?」
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仕事から帰宅すると、妻は食事の支度をしていた。
僕は彼女の手を握り、「話が有るんだ」と切り出した。
妻は何も言わずに席に着いた。
その目は苦痛に満ちていた。

 

ふと僕はどう切り出していいのか分からなくなった。
でも言わなければならない。
「離婚したいんだ」と。

僕は冷静に、その言葉を口にした。
妻は大したリアクションも見せず、ただ静かに聞きかえした。
「どうして?」
その問いに敢えて答えないでいたら、妻はとうとう怒りをあらわにした。
彼女は箸を投げ散らかし叫んだ。
「あんたなんか、男じゃない !!」

その夜、口論の後、僕らはとうとう一言も言葉を交わさなかった。
妻のすすり泣く声がかすかに聞こえた。
わかっている。
どうして僕らはこうなってしまったのか、
妻はその理由を知りたがっているのだ。

 

でも僕は、彼女を納得させられるような説明を、とうてい与えられるはずはなかった。
それもそのはず。僕は他の女性を愛してしまったのだ。
妻のことは、、、もう愛していなかった。
ただ哀れんでいただけだったのだ!

 

深い罪悪感にさいなまれながら、僕は離婚承諾書を書き上げた。
その中に、家は妻に譲ること、車も妻に譲ること、
僕の会社の30%の株も譲渡することを記した。
妻はそれをチラっと見ただけで、ビリビリと破り捨てた。

 

僕が10年という月日を共に過ごした、
この女は僕にとってもはや「見知らぬ誰か」に成り下がっていた。
彼女が今まで僕の為に浪費した、時間、労力、エネルギーに対しては、
本当に申し訳ないと思っている。
でも自分が他の女性を愛しているという気持ちに、
これ以上、背を向けることし出来なかった。

 

承諾書を破り捨てた後、妻はとうとう大声をあげて泣き始めた。
変な言い方だが、僕は彼女の泣く姿を見て、少しホッとした。
これで離婚は確定だと。
この数週間、呪いの様に頭の中につきまとっていた「離婚」という二文字は、
これでとうとう現実化するのだ。

 

その翌日、僕は仕事からかなり遅くに帰宅した。
家に戻ると、妻はテーブルに向かって、何かを一生懸命に書いていた。
夕食は未だだったが食欲など到底なく、
僕はベットに崩れるように倒れこみ寝入ってしまった。
深夜に一度目が覚めたが、その時も妻はまだテーブルで何かを書いているようだった。
僕はもはや大した興味もなく、ふたたび眠りについた。

 

朝になって、妻は僕に「離婚の条件」を突きつけてきた。
彼女は、家も車も株も、何もほしくないと言った。
でもその代わりに「1ヶ月間の準備期間」がほしいと言ってきた。
そして彼女の条件は、その1ヶ月の間、出来るだけ「今まで通り」の生活をすること。
その理由は明確だった。

僕らの息子が、1ヶ月後にとても大切な試験を控えていたため
出来るだけ彼を動揺させたくないというのが、彼女の言い分だった。

 

それに関しては、僕は即座に納得した。だが、それ以外にもう1つ妻は条件をつけてきた。
「私たちが結婚した日、あなたが私を抱き上げて、
寝室に入った日のことを思い出してほしいと」
それから1ヶ月間、あの時と同じように、
毎朝、妻が仕事に行く時、彼女を腕に抱き上げて、
寝室から玄関口まで運んでほしいと言うのだ。
僕は「とうとうおかしくなったな・・・・」と思った。
でも、妻といざこざを起こしたくなかった僕は、黙って妻の条件を受け入れた。

 

僕は付き合っている彼女に妻の事を話した
彼女はお腹を抱えて笑い、「馬鹿じゃないの」と言った。
今さら何をどうジタバタしたって、
離婚はまぬかれないのに、彼女は嘲るように笑った。

 

僕が離婚を切り出して以来、
僕ら夫婦はまったくくスキンシップを取っていなかった。
なので彼女を抱き上げて、玄関口まで連れて行った1日目、
僕らは二人ともなんとも変な気持で、ぎこちなかった。
それでもそんな僕らの後姿を息子は、
それは嬉しそうに、手をパチパチ叩いてついてきた。

 

寝室からリビングへ、そして玄関口へと
妻を腕に抱いたまま10メートルは歩いただろうか
妻は目を閉じたまま、
そっと「どうかあの子には離婚の事は言わないでと耳元でささやいた。
僕は黙ってうなづいた。

でもなぜか、そうしながら心はひどく動揺していた。
ドアの外に静かに下ろすと、彼女は静かにバス停に向かって歩いて行った。
僕もいつも通り、車に乗り込み仕事へ向かった。

 

2日目の朝。初日よりは少し慣れた感がした。
抱き上げられながら、妻は僕の胸に自然ともたれかかってきた。
僕はふと、彼女のブラウスから薫るほのかな香りに気づいた。
そして思った。彼女をこんな近くできちんと見たのは、いつ以来だっただかろうと・・・

 

妻がもはや若かれし頃の妻ではないことに、僕はいまさらながら驚愕していた。
その顔には細かなシワが刻まれ、髪の毛にはなんと白いものが入り混じっている。
結婚してからの年数が、これだけの変化を彼女に、・・・・
その瞬間、僕は自問した。
僕は彼女に何てことをしてしまったのだろう」と。

 

4日目の朝。彼女を抱き上げた時、ふとかつて僕らの間に有った、
あの愛情に満ちた「つながり感」が戻ってくるのを感じた。
この人は、この女性は、僕に10年という年月を捧げてくれた人だった。

 

5日目、そして6日目の朝、その感覚はさらに強くなった。
このことを、僕は不倫相手に言わなかった。
日にちが経つにつれ、妻を抱き上げることが、日に日に楽になってゆくのを感じた。
なにせ毎日していることなので、
そりゃ腕の筋力も強くなるだろうと、僕は単純にそう考えていた。

 

ある朝、妻はその日に着てゆく服を選んでいた。
鏡の前で、何着も何着も試着して、
それでも体にピッタリくる1着が、なかなか見つからないようだった。
そして彼女は、「はあ~」とため息をついた。
「どれもこれも、何だか大きくなっちゃつて・・・・」
その言葉を耳にして、僕はハッとした!。
妻はいつの間にやせ細っていたのだ!。

 

妻を抱き上げやすくなったのは、僕の腕力がついたからでなく
彼女が今まて以上に軽くなっていたからだったのだ!
愕然とした。それほどまで、やせ細ってしまうまで、
彼女は痛みと苦痛を胸の中に。。。。。
僕は思わず手を伸ばして、妻の髪に触れていた。

 

そこに息子がやってきた。
「ママを抱っこして、「行ってらっしゃい」する時間だよ」
息子には父親が母親を毎日抱き上げる、この光景を目にすることが
すでに大切な日常の一場面となっているようだった。
妻はそんな息子にむかって、
「おいで」と優しく手招きしたかと思うと、彼を力いっぱいぎゅっと抱きしめた。

 

僕は思わず目をそらした。
そうしないと、最後の最後で、気が変わってしまいそうだったからだ!
僕は黙って、いつものように妻を腕に抱き上げ、
寝室から、リビング、そして玄関口へと彼女を運んだ。
妻はただそっと、僕の首に腕を回していた。

 

そんな彼女を、気づいたら強くグッと抱きしめていた。
そうまるで、結婚したあの日の僕の様に。。。。
彼女のそれはそれは軽くなった体を腕の中に感じながら
僕は例えようのない悲しみを覚えていた。

 
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そして、最後の朝、
妻を抱き上げたとき、僕は、一歩たりとも歩みを進めることが出来なかった。
その日、息子はすでに学校に行ってしまっていた。
僕は妻をしっかりと腕に抱き、そして言った。
「今まで気づかなかったよ。僕たちの結婚生活に、
こうしてお互いのぬくもりを感じる時間がどれほど欠けていたか・・・・・」

 

こうして僕はいつも通り仕事へ向かった。
何かにせき立てられるように、とにかくここで、
後の最後で自分の決心が揺らいでしまうことが怖くて、
それを振り切るかのように、車を停めると
鍵もかけずに飛び出しオフィスのある上の階まで駆け上がっていった。

 

気が変わってしまう前に、オフィスに行かなければ。
早く不倫相手の元へ!
ドアを開けるとそこに彼女がいた。
彼女を見た瞬間、僕は思わず口にしていた。
「すまない、僕は離婚できない」

彼女は「はあ?」という目で僕を見つめ、そして額に手をあてた。
「あなた熱でもあるの?」
僕は彼女の手を額からはずし、再度言った。
「すまない。僕は離婚できないんだ」

 

妻との結婚生活が「退屈」に感じたのは、彼女を愛していなかったからではなく、
僕が毎日の小さな幸せを、他愛のない、だけどかけがえのない小さな日常を
大切にしてこなかったからなんだ。
今頃になって気づいたよ。

 

あの日、あの結婚した日、僕が彼女を腕に抱いて家の中へ、
初めての一歩を踏み入れたあの日のように
僕は死が二人をわかつまで、妻をしっかり腕に抱いているべきだったんだ!」

彼女はようやく事の次第を理解した様だった。
そして僕のほっぺたを思いっきりひっぱだくと、
扉をパタンと閉め、ワー!と泣き叫びながら、飛び出して行った。

 

僕はそのまま黙って下の階に降りた。
見ると花屋が目にとまった。
僕はそこで、妻のためのブーケをアレンジしてもらった。
店員が「カードには何とお書きになりますか?」と聞いてきた。
僕はふと微笑んで、言った。「そうだね、こう書いてくれ、」
「毎朝君を腕に抱いて見送るよ、死が二人をわかつ、その日まで、・・・・」

その日の夕方、僕は妻への花束を抱え、顔に笑顔をたたえて家についた。
はやる気持ちで階段を駆け上がる!。
早く早く!、妻のもとへ!

出迎えた妻はベットで冷たくなっていた。・・・・・

 

何も知らなかった。
僕は何も知らなかったのだ。
妻が癌であったことさえも。

不倫相手との情事にうつつをぬかしていた僕は、
妻はこの数ヶ月必死で病魔と戦っていたことに、気づきさえしなかったのだ!。

妻は分かっていたのだ。自分はもうすぐ死ぬことを。
彼女が出してきた「離婚の条件」は、僕を責めるものではなく、
僕を救うためのものだったのだ!
自分亡き後、最愛の息子から、僕が責められることがないように。

 

毎朝お母さんを抱き上げて優しく見送るお父さん。
そう、そういう僕を毎日見ていた息子にとって
僕はまぎれもなく 「お母さんに離婚をつきつけたおとうさん」ではなく
「お母さんを最後まで愛したお父さん」となったのだ!

 

僕はどうしてもあなたに伝えたい。
日々のささやかな幸せ、、、、
それが人生で何よりも大切であるということを。
幸せは大きな家、土地、高価な車、
そんなモノの中にあるのではないということを。

 

もし今、あなたの傍らに、かけがえのないパートナーがいるなら、
毎日がどんなに忙しくても、どうか相手が大切だと伝える小さなゼスチャーを、
心を通わせる時間を大切にしていただきたいと思います。

 
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【感動】最高の教師がいた〜日本の教育現場も捨てたもんじゃない〜

日本の教育現場も捨てたもんじゃない」
「教師の中の教師だ」-。

体罰をして辞表を出した京都府京丹後市の市立小学校の男性教諭(28)が、
辞職撤回を求める保護者の署名で復職した。

市教委などによると、教諭は子供のころ、外見を理由にした嫌がらせを受け、
自殺まで考えたことがある体験から、常々いじめにつながる嫌がらせ行為には気を払っていた。

 
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今月4日、教諭は体罰をした直後、自分で校長に報告。

校長室に向かう教諭に、ほとんどの児童が泣きながらついていき、
校長室の周りに座り込んでいたという。

保護者説明会で
「信頼している先生に残ってほしい、という子供たちの願いを強く感じた。辞めさせてはならない」
と保護者が結束し、署名運動を始める一方、校長あてに正直な思いを手紙につづった。

「(教諭の行動は)怒りの感情にまかせた行動ではなく、冷静な対処。自分の職をかけてでも矯正しようとしてくれた先生に感動し、涙がこぼれた」

児童も心境は同じだった。

「これからもぼくたちのたんにんをやってください」
「先生がいないと学校にいきたくない」
「ぼくのせいでこんなことになってごめんなさい」…。
全員が色紙に書いた寄せ書きには、素朴だが力強い言葉が並んだ。

謹慎後、教諭は反省文を提出した。

「『みんなを殴って先生は辞める』と言ったのは言葉の暴力だった」

「子供と話し込んだり先輩の先生と相談するべきだった」などと振り返り、

「いかなる処分も受けて、子供たちを立派に成長させ、卒業させる」と決意。

最後は「こんな素晴らしい教育環境の中で教師生活をさせていただくことに自信と誇りをもって頑張っていきます」

と締めくくられていた。

 
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「体罰」は事前に警告

市教委などによると、男性教諭による体罰が起こったのは今月4日。

教諭のクラスでは1人の男児の外見を一部児童がからかい、他の児童も黙認する状態だった。

教諭は「(次にからかったら)みんなをたたいて教師を辞める」と注意していたが、

4日に再びからかいがあったため、「ここで放置すると、いじめに発展しかねない」と判断。

男性教諭はからかわれた男児を除く全員のほおを平手打ちした。

報告を受けた校長は同日夜、保護者らを集め、教諭とともに謝罪。

3日間の自宅謹慎を命じられた教諭は辞表を出した。

ところが、寛大な処分を求める署名運動が保護者の間で始まり、

全校の児童191人の保護者ほぼ全員分の署名が学校に提出された。

その後、教諭が二度と体罰をしない意思を示したため、校長は辞表を返却した。
教諭は採用4年目で、同小には今年度に着任していた。
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【涙腺崩壊】学校で友達を殴りケガをさせた息子を叱る父親。しかし、泣きながら殴った理由を話した息子の理由を聞き何も言えなくなった。

私には、来月12歳になる息子がいます。
幼い頃から空手を習わせており、全国で優勝する程にもなりました。
そのおかげで、精神的にも体力的にも強い子です。

空手の教えでもあるのか、決して外で喧嘩をして来たり、誰かに空手を使って暴力をふるったり、弱い者をいじめる事をしない子。

しかし、ある日我が耳を疑う様な出来事がありました。
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仕事中、会社にかかってきた一本の電話。
それは学校からでした…

お父さん、すぐに学校にこれませんか?
○○○君(息子)を迎えに来ていただけませんか?

こんな電話がかかってきたのは、初めての事です。
いきなり呼び出されるなんて、何か大事でもあったのか!?
瞬時に心臓の音が高ぶったのを覚えています。

息子に何かあったのですか!?

そう聞くと、先生は言葉を詰まらせながら少し言いにくそうに話します。

…いえ、○○○君がお友達をかなり執拗に殴ってしまい、顔が腫れ上がってしまいまして…

この言葉を聞き、我が耳を疑いました。 今まで一度だって誰かを殴ったりした事の無い子です。

空手の試合中は圧倒的な強さで相手から勝利を勝ち取りますが、外で手を上げた事なんてありません。

まさか…?まだ信じられない思いのまま、仕事を早く切り上げて学校へ息子を迎えに行きました。

 

保健室のベットの上でうつむきながら座る息子と、その横でワケを聞き出そうとしている担任の先生がいました。

息子の手は包帯でぐるぐるに巻かれ、目には大粒の涙が溢れる寸前で拳をギュッと握って我慢している様子でした。

先生から事情を聞くと、殴った理由をどうしても言わず、

僕が悪いんだ。
△△君(殴った友達)は悪くない。

この一点張りだそう。

埒があかないので、その日は連れて帰って私が家で話す事にしました。
そしてその夜、やはり事情を話さない息子についに私も激怒してしまい、怒鳴りました。
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すると、ずっと我慢していた涙が頬をつたって流れ出し、今まで滅多に泣いた事のない息子が声を上げながら泣き出し、必死に友達を殴った理由を訴えたのです…

お母さん…
お母さんが…

そう震える声を整えようと必死に涙をこらえ、息子が話した内容は私も知らなかった事でした。

お母さんが…

お母さんが最後にくれた御守りだったんだ。
僕がずっと強くいられるように、最後に作ってくれた御守りなんだ。

それを△△君(殴った友達)がダサくて気持ち悪いって言ったんだ…

でもね…それだけならまだいいよ?

僕が教室に居ない間にハサミでランドセルから切っちゃったんだ。

だから…許せなかった。
お父さん、ゴメンなさい。

 

私の妻、息子の母親は昨年にガンで他界しました。
乳ガンからリンパへ転移し、治療を続けていましたが亡くなってしまいました。

私は、息子が妻からそんな御守りをもらっていた事を知りませんでしたが、この息子の話を聞いてハサミで切られたという御守りを見せてもらいました。

それは、妖怪ウォッチのジバニャンを再現して、細やかに編みこまれた手作りの御守りでした。

泣きながら理由を話し、泣きながら私にジバニャンの御守りを渡す息子の姿とその想いを知り、私はもうそれ以上怒ることは出来ませんでした。

それどころか、私もその場で一緒に泣き崩れてしまいました…。

私の教育の仕方は間違っているのかもしれません。

もちろん殴ってしまった事は取り返しの付かないダメな事です。
でも、どうしても息子だけが悪いとは思えませんでした。

暴力はいけません。
絶対に肯定できる事ではありません。

しかし、何よりもこの気持ちを大事にしたいと思いました。

出典:YouTube

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【涙腺崩壊】実験犬シロの願い〜問われる動物実験の現実〜

それは、クリスマス・イブの夜のこと、1匹の白い犬が星になりました。

その犬の名は、シロ。

1年前、ある病院の実験犬として脊髄を削られ、手当もされずに、死を待つばかりだった­ところを保護された犬でした。

テレビや新聞に、そのことが大きく取り上げられると、日­本中からシロへの励ましと、病院への抗議が殺到したのです。
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これは、捨てられ、実験される犬たちと、そうした不幸な犬たちを救い続ける人々の実話­です。

日本では保健所や動物収容所に連れてこられた犬や猫の運命は、「ガス室」に入れられて殺されるか、「実験動物」として大学の医学部などの研究機関に払い下げられるというものでした。

飼い主に捨てられ保健所で殺処分を待っていた犬「シロ」はまだ一歳でした。

殺される恐怖におびえる日々を送っていた「シロ」、そんな「シロ」が保健所から出される日が来ました。

しかし行先は動物実験のための東京都にある国立病院。

若くて元気でひとなつっこい「シロ」は保護された犬の中から選ばれて、とうとう実験動物にされてしまいました。

 

 

動物実験に使うために1300円で病院へ売られたのです。

「シロ」は脊椎を切断するというとてもつらい実験をやらされました。

左足は麻痺しました。

その後手当もされず放置されました。

背中には大きな手術の傷。

そして全身もストレスや皮膚病のため毛が抜け落ちているままにされていました。

「シロ」の隣の檻にはビーグル犬のメリーがいました。

 

ビーグル犬のメリー

メリーはワクチンの実験に使われ生き残りましたが、今度は脊椎の実験に使われ、その後実験者が転勤になった後は忘れ去られたように、5年間ずっと檻の中にほったらかしにされていました。

ある晴れた日、動物保護ボランティアの人たちによって「シロ」たちは保護され手当てを受けました。

看護によって「シロ」は散歩にまで行けるようになりました。

「シロ」は少しずつよくなっていきました。

でも吠えることも鳴くこともできませんでした。

うつろな瞳をして、一日中ぼんやりとしていました。
何か月暮らすうちに「シロ」は元気を取り戻しました。

白い毛が生えそろい瞳を輝かせて嬉しそうにはしゃいだりしました。

堅く引きつっていた足も地面につけられるようになっていました。

いたずらをしたり顔をペロペロとなめたり甘えるようにもなりました。

でもその幸せは長く続きませんでした・・・

 
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「危険に対して身構える」といった能力にかけ車が来ても飛び出していき、方向感覚がまるでありませんでした。

そして運命の日、12月24日のクリスマスイブの夕方でした。

「シロ」は国道で自動車事故に遭い死んでしまったのです。

「シロ」は実験室から生還してわずか一年しか生きることはできませんでした。

推定年齢わずか二歳の短い一生です。

けれども「シロ」の存在がテレビや新聞で大きな話題となり、毎年何万頭もの犬や猫たちを実験の苦しみから救い出す大きなちからとなりました。

そして平成17年末をもって動物実験への犬猫の払い下げは、全国的に廃止になったのです。

このことは日本の犬や猫たちをめぐる歴史の中で、忘れられない大きなできごとの大きなひとつであるにちがいありません。

「シロ」はきっとそのために役目をもって生まれた犬だったと思います。

こうしている今もなお「シロ」のような犬たちが、毎年何万頭となく実験室の中でつらい苦しい目にあわされています。

日本には残酷で無意味な動物実験を監視して、止めさせることのできる仕組みがまだなにもありません。

声のない動物たちの訴えに耳を傾けてみましょう。

そうすれば私たちが何をしたらいいかきっとわかるとおもいます。

出典元:spotlight

 
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【感動】ガックリと肩を落とした医師の切なすぎる後ろ姿〜その理由に涙が止まらない〜

出典:Reddit

医者にとっては大勢の患者のうちの1人かもしれないが、患者にとって医者は自身の命を託す唯一の人である。

同じ命を預けるとしたら、これほどまでに責任感が強く、全力を注いでくれる医師に当たりたいものだと思わせる1枚の写真が、人々の心を鷲づかみにしている。
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それがこちらの写真▼

 

まだ若い患者を亡くし、打ちひしがれる緊急治療室(ER)の医師の後ろ姿をとらえている。

悲しみなのか悔しさなのかは不明だが、がっくりと肩を落とした医師の同僚が投稿したもので、同医師の健闘むなしく19歳の患者は亡くなったそうで、そのショックからか暗闇の中、彼は路上にへたり込みかろうじて片手で体を支えている。

同僚は次のようなコメントと共にくだんの写真を投稿している。「この様な状況は私たちの職場では珍しくはありませんが、大抵お亡くなりになるのは高齢であるか病気であるか、もしくはその両方である場合がほとんどです。今回亡くなったのは19歳の方ですが、時々こういった事例に遭遇することがあるのです」と…。
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この写真には多くの人々が胸を打たれたようで、以下のようなコメントが寄せられている。

昨年父を亡くしたときのことを思い出しました。胸に違和感を覚え病院に運ばれた際、お医者さんたちは「大丈夫ですよ」と励ましてくれました。しかし結局父は亡くなり、打ちひしがれる医師たちの姿を私はこの目で見ました。医者は報われない仕事だと思いましたが、彼らの優しさに対して感謝の言葉しかありません。
父もERのドクターでした。どんなに頑張っても患者を救うことができず、家に帰って母の腕の中で泣いていました。
私にはこの写真のドクターの気持ちが痛いほどわかります。悲しく暗い瞬間をとらえたものではありますが、私はこの仕事を選んで良かったと心から思います。名も知らぬ1人の医師への共感と、この投稿に対する皆さんのコメントを読んで、私たちのしていることには意味があると思えたからです。
ちなみにこの医師は、数分後には再び顔を上げ職場へと戻っていったという。
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【涙腺崩壊】ダウン症の娘が結婚式を挙げる日、父親が渡した手紙に心打たれる

ダウン症を持つ25歳の女性、ジリアンさん。彼女には、10年間ずっと交際してきたボーイフレンドのライアンさんがいます。二人ともダウン症を持っていますが、お互いの愛情は日々深くなるばかり。


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そうして、2015年6月27日に二人は結婚式を挙げることになります。

結婚式の日、ジリアンさんの父親であるポール・ドアティさんは娘へ心を込めた手紙を渡しました。

結婚式が始まる2時間前に書かれたこの手紙からは、ジリアンさんを育てながら感じた不安や心配、そして娘を想う父親の愛情が真っ直ぐ伝わってきます。

 

Dear Jillian(ジリアンへ。)

2015年6月27日、あなたの結婚式の日。 あなたはあと2時間で人生最良の日を迎えるでしょう。どれだけのダウン症の女性が、愛する人と結ばれているのか私にはわからないけど、君は今日その瞬間を迎えられます。

あなたは今、お母さんとブライズメイドと最後の支度をしています。 あなたの髪は綺麗にカールし、あなたが「キラキラ」と呼ぶその美しいドレスは、窓から降り注ぐ午後の日差しを受けてとても素敵です。そしてあなたのメイク、特にその真っ赤な口紅! 成長するにつれ、君がどんどんキレイになっていることを実感しています。あなたの笑顔はずっとずっと輝いています。

希望と夢が胸に迫る、この素晴らしい瞬間のために生きているような気持ちです。私の夢が現実となり、あなたは幸せになれる。それをこの窓の下で実感しています。あなたが生まれてから、あなたの学歴を心配したことはありませんでした。 先生とも仲間とも、良い関係を築くことができると信じていたからです。

私たちが出来なかったことと言えば、あなたを受け入れ、一緒に遊ぶ仲間を見つけてあげられなかったことです。お泊り会、友達のいない誕生日会など…。イベントがない君の生活について悩んでいました。

そして、12歳になったあなたが「私には友達がいない」と言った晩、私はひどく泣いてしまいました。
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世界中の親が子供の健康と幸せ、毎日を楽しく過ごせることを願っています。 これは当然のことなのに、私はあなたのことが心配でたまりませんでした。

でも心配することはなかった。 思い返してみれば、あなたは自然に人々と触れ合うようになり、小学校ではリーダーシップを発揮し、みんなに「市長!」と呼ばれていました。高校ではダンスのジュニア代表チームで踊ったし、大学にも4年間通い、多くの人と知り合いました。

みんなが「あなたには無理」と言ったことを覚えていますか? 自転車には乗れない、スポーツも無理、大学にも行けないだろうし、結婚なんてありえない…でもあなたは全部経験しているのです。

フィアンセのライアンには、いつでも優しくありなさい。とは言っても、あなたは既に素晴らしい女性です。この10年間そうしてきたように、これからもお互いを尊敬し合いながら仲良く生きていきなさい。

10年前、スーツを着た青年(ライアン)が「娘さんをパーティーに連れて行きたい」とやってきたとき、私の長年の不安は吹き飛びました。

今、あなたとライアンは困難な道を歩み始めます。これは新たなチャレンジになりますが、あなたのことですから、みんなを幸せにすることができるあなたですから、幸せはすぐにやってきます。

準備も終わり、ドアが開きました。 新たな世界に踏み出す私のかわいい娘。 一瞬にして胸がいっぱいになり「きれいだよ」と伝えるのが精いっぱいです。

ジリアンは「ありがとう」のあと「私はずっとあなたの娘よ」と言いました。

「ああ、そうさ」と私は答えました。 さあ、行こう。
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「この子は何もできない」周囲からそう言われてきたジリアンさん。しかし、彼女にできないことは何一つありません。

親が我が子を想う、計り知れないほどの愛情が感じられる彼の手紙に、たくさんの人が感動させられました。ポールさんの願い通り、ジリアンさんとライアンさんがこれからも幸せに暮らせることを願います。

 

 

世界のイチロー選手のグッとくる名言集

努力の天才といわれるイチロー選手。

数々の記録を塗り替えてもなお、ストイックに野球と向き合う姿勢に

憧れや尊敬の念を抱く人も多いかもしれません。

目標を見失ったり、夢を諦めかけたときに思い出したいイチロー選手の名言をまとめました。

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イチローの名言「自分」編

「誰よりも自分が(自分の活躍に)期待しています。自信がなければこの場にいません。プレッシャーがかかる選手であることが誇りです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「なにかを長期間成し遂げるためには考えや行動を一貫させる必要がある」
イチロー
オススメ度★★★★★

「なりふりかまわないで自分の行きたい道を進むこと」
イチロー
オススメ度★★★★★

「ハイレベルのスピードでプレイするために、僕は絶えず体と心の準備はしています。自分にとって最も大切なことは、試合前に完璧な準備をすることです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「パワーは要らないと思います。それより大事なのは 自分の『形』を持っているかどうかです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「決して、人が求める理想を求めません。人が笑ってほしいときに笑いません。自分が笑いたいから笑います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分のできることをとことんやってきたという意識があるかないか。それを実践してきた自分がいること、継続できたこと、そこに誇りを持つべき」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分を客観的に見て、やるべきことをやります。それは、どんなときにも変わらないものなのです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「特別なことをするためには普段の自分でいられることが大事です」
イチロー
オススメ度★★★★★

「練習で100%自分を作らないと打席に立つことは出来ません。自分の形を身に付けておかないと、どん底まで突き落とされます」
イチロー
オススメ度★★★★★

「チームに乗せてもらうことはありますが、そういう時は少ないのです。チームの流れとは別のところで、自分をコントロールしてきたつもりです」
イチロー
オススメ度★★★★

「チームの調子が悪くても自分が崩れることはありません」
イチロー
オススメ度★★★★

「僕は天才ではありません。 なぜかというと自分が、 どうしてヒットを打てるかを 説明できるからです」
イチロー
オススメ度★★★★

イチローの名言「他人」編
「自分を殺して相手に合わせることは、僕の性に合わない。まして上から色々言われて、納得せずにやるなんてナンセンスだと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「驚かれているならまだまだです。驚かれないようになりたいです」
イチロー
オススメ度★★★★

「自分のしたことに人が評価を下す、それは自由ですけれども、それによって自分が惑わされたくないのです」
イチロー
オススメ度★★★★

「人のアドバイスを聞いているようではどんどん悪いほうにいきます。周りは前のフォームがどうだったとか言いますが実はそんなことはたいしたことではないのです。精神的なものが大きいと思います。どうやって気分を替えるかとかそういうことが大事です」
イチロー
オススメ度★★★★

「相手が変えようとしてくるときに、自分も変わろうとすること、これが一番怖いと思います」
イチロー
オススメ度★★★★

「第三者の評価を意識した生き方はしたくない。自分が納得した生き方をしたい」
イチロー
オススメ度★★★★

「僕は仰木監督によって生き返らせてもらったと思っています。監督はたとえ数試合安打が出なくても、根気よく使ってくれました。その監督に感謝するためにも、いい成績を残したかった」
イチロー
オススメ度★★★★

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イチローの名言「思考」編

「(打率ではなく)ヒットを一本増やしたいとポジティブに考えるのです。そう思っていれば打席に立つのが楽しみになりますよね」
イチロー
オススメ度★★★★★

「グラウンドの上では自分の築きあげてきた技術に対する自信。今までやってきたことに対する自信。『やりたい』と思う強い気持ちが支えになります」
イチロー
オススメ度★★★★★

「ぼくのプレイヤーとしての評価はディフェンスや走塁を抜きにしては測れない。どの部分も人より秀でているわけではないし、すべてはバランスと考えています」
イチロー
オススメ度★★★★★

「まず自分の好きなことを見つける。そうすれば、自分を磨けるし、先へ進める」
イチロー
オススメ度★★★★★

「メンタルな部分が及ぼす肉体への影響は、とてつもなく大きい」
イチロー
オススメ度★★★★★

「何かをしようとした時、失敗を恐れないでやってください。失敗して負けてしまったら、その理由を考えて反省してください。必ず将来の役に立つと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分の思ったことをやりつづける事に後悔はありません。それでもし失敗しても後悔は絶対に無いはずですから」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分自身が何をしたいのかを忘れてはいけません」
イチロー
オススメ度★★★★★

「重圧がかかる選手であることは誇りに思う」
イチロー
オススメ度★★★★★

「少しずつ前に進んでいるという感覚は、人間としてすごく大事」
イチロー
オススメ度★★★★★

「常に、先の事を予測する習慣をつけることが大事」
イチロー
オススメ度★★★★★

「妥協は沢山してきた。自分に負けたこともいっぱいあります。ただ、野球に関してはそれがない」
イチロー
オススメ度★★★★★

「同じ練習をしていても、何を感じながらやっているかで全然結果は違ってくるわけです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「本物でないものはすぐに見破られます」
イチロー
オススメ度★★★★★

「グラブはもちろん身体の一部だと考えています。外野手だから長いグラブを使っているのですが、指先まで神経が通らないと、感覚が麻痺してボールが捕れない。グラブの先まで感じられるグラブでないとイヤです」
イチロー
オススメ度★★★★

「バットの木は 自然が何十年も掛けて育てています。僕のバットはこの自然の木から手作りで作られています。グローブも手作りの製品です。一度バットを投げた時、 非常に嫌な気持ちになりました。自然を大切にし、 作ってくれた人の気持ちを考えて 僕はバットを投げることも地面に叩きつけることもしません。プロとして道具を大事に扱うのは当然のことです」
イチロー
オススメ度★★★★

「汚いグラブでプレイしていたら、その練習は記憶には残りません。手入れをしたグラブで練習をしたことは、体に必ず残ります。記憶が体に残ってゆきます」
イチロー
オススメ度★★★★

「『楽しんでやれ』とよく言われますが、ぼくにはその意味がわかりません」
イチロー
オススメ度★★★★

「気持ちが落ちてしまうと、 それを肉体でカバーできませんが、 その逆はいくらでもあります」
イチロー
オススメ度★★★★

「考える労力を惜しむと前に進むことを止めてしまうことになります」
イチロー
オススメ度★★★★

「今、自分がやっていることが好きであるかどうか。それさえあれば自分を磨こうとするし、常に前に進もうとする自分がいるはず」
イチロー
オススメ度★★★★

「試合後はロッカーや車の中で気持ちの整理をします。いい結果も、悪い結果も家には持ちかえりません」
イチロー
オススメ度★★★★

「自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない」
イチロー
オススメ度★★★★

「前向きに食事をし、前向きに買い物をした。何事も前向きに行動することが可能性を生む」
イチロー
オススメ度★★★★

 

イチローの名言「行動」編

「びっくりするような好プレーが、勝ちに結びつくことは少ないです。確実にこなさないといけないプレーを確実にこなせるチームは強いと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「やれることは全てやったし、手を抜いたことはありません。常にやれることをやろうとした自分がいたこと、それに対して準備した自分がいたことを誇りに思っています」
イチロー
オススメ度★★★★★

「準備というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していく、そのために考え得るすべてのことをこなしていく」
イチロー
オススメ度★★★★★

「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています」
イチロー
オススメ度★★★★★

「特別なことをするために特別なことをするのではない、特別なことをするために普段どおりの当たり前のことをする」
イチロー
オススメ度★★★★★

「僕はいつも一生懸命プレーしていますが、今日はよい結果が出なかった。でも、だからといって後悔もしていないし、恥ずかしいとも思っていません。なぜなら、できる限りの努力をしたからです」
イチロー
オススメ度★★★★★

イチローの名言「能力」編
「キライなことを やれと言われてやれる能力は、 後でかならず生きてきます」
イチロー
オススメ度★★★★★

「期待はいくらかけてもらっても構わないんですけど、僕は僕以上の力は出せないので、自分の力を目一杯出すしかないということですね」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分の器が広がっているとは感じていません。自分の能力をどれくらい発揮できるかが変わったと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「大切なのは、自分の持っているものを活かすこと。そう考えられるようになると、可能性が広がっていく」
イチロー
オススメ度★★★★★

「憧れを持ちすぎて、自分の可能性を潰してしまう人はたくさんいます。自分の持っている能力を活かすことができれば、可能性は広がると思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「僕は僕の能力を知っていますから、いくらでも先はあるんですよ。人の数字を目標にしているときというのは自分の限界より遙か手前を目指している可能性がありますけど、自分の数字を目指すというのは、常に限界への挑戦ですから」
イチロー
オススメ度★★★★★

「練習で作った形を100%としたら、70%や80%の力で結果を出さないといけません」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分のプレイに驚きはありません。プレイそのものは自分の力の範囲内です」
イチロー
オススメ度★★★★

「自分の限界を見てから、バットを置きたい」
イチロー
オススメ度★★★★

「手抜きをして存在できるもの 成立することがおかしい」
イチロー
オススメ度★★★★

イチローの名言「目標」編
「ここまで来て思うのは、まず手の届く目標を立て、ひとつひとつクリアしていけば最初は手が届かないと思っていた目標にもやがて手が届くようになる ということですね」
イチロー
オススメ度★★★★★

「しっかりと準備もしていないのに、目標を語る資格はない」
イチロー
オススメ度★★★★★

「プロ入りしたとき、2000本安打打てるようになれよとスカウトの方に声をかけてもらったことを思い出しますが、今日のことは、日づけが変わるまでには終わりたいと思います。次の目標は、次のヒットです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「ぼくが数字で満足することはあり得ません。なぜなら、数字が内容を反映しているとは限らないからです。目標を設定して、そこに到達すればそこで満足してしまって、先へ進む努力をしなくなるでしょう。毎打席、何かしら、学ぶべきこと改良すべきことがあります。満足は求めることの中にあるんです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「何かを達成した後は気持ちが抜けてしまうことが多いので、打った塁上では『次の打席が大事だ』と思っていました」
イチロー
オススメ度★★★★★

「苦しみを背負いながら、毎日小さなことを積み重ねて、記録を達成した。苦しいけれど、同時にドキドキ、ワクワクしながら挑戦することが勝負の世界の醍醐味」
イチロー
オススメ度★★★★★

「結果が出ない時、どういう自分でいられるか。決して諦めない姿勢が、何かを生み出すきっかけをつくる」
イチロー
オススメ度★★★★★

「結果を出せないと、この世界では生きていけません。プロセスは野球選手としてではなく人間をつくるために必要です」
イチロー
オススメ度★★★★★

「高い目標を成し遂げたいと思うなら、常に近い目標を持ちできればその次の目標も持っておくことです。それを省いて遠くに行こうとすれば、挫折感を味わうことになるでしょう。近くの目標を定めてこそギャップは少ないし、仮に届かなければ別のやり方でやろうと考えられる。高い所にいくには下から積み上げていかなければなりません」
イチロー
オススメ度★★★★★

「今、自分にできること。頑張ればできそうなこと。そういうことを積み重ねていかないと遠くの目標は近づいてこない」
イチロー
オススメ度★★★★★

「首位打者のタイトルは気にしない。順位なんて相手次第で左右されるものだから。
自分にとって大切なのは自分。だから1本1本重ねていくヒットの本数を、自分は大切にしている」
イチロー
オススメ度★★★★★

「世の中の常識を少しでも変えるっていうことは、人間としての生き甲斐でもありますから」
イチロー
オススメ度★★★★★

「想像していた以上でした。間違いなく一生忘れることのできない日、そして最も特別な日になるでしょう(中略)ただ今日のことは今日で終わり、日付が変われば、また次の日のことを考えなきゃいけないと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「僕が数字で満足することはあり得ません。なぜなら、数字が内容を反映しているとは限らないからです。目標を設定してそこに到達すれば、そこで満足してしまって先へ進む努力をしなくなるでしょう。毎打席何かしら学ぶべきこと改良すべきことがあります。満足は求めることの中にあるんです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「僕は決して『打率4割』とは言わないんです。6割の失敗は許してやるわ、と。いつもそう言っているんです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「夢は近づくと目標に変わる」
イチロー
オススメ度★★★★★

「夢や目標を達成するには1つしか方法がない。小さなことを積み重ねること」
イチロー
オススメ度★★★★★

「夢を掴むことというのは一気には出来ません。
小さなことを積み重ねることでいつの日か信じられないような力を出せるようになっていきます」
イチロー
オススメ度★★★★★

「現時点ではまったく考えられないことです。その目標は、まだ遠すぎます」
イチロー
オススメ度★★★★

「成功とはとても曖昧なものです。他人が思う成功を追いかける必要はありません」
イチロー
オススメ度★★★★

「成績は出ているから今の自分でいいんだ、という評価を自分でしてしまっていたら、今の自分はない」
イチロー
オススメ度★★★★

「他人が言う成功を追いかけ始めたら何が成功か分からなくなってしまいます」
イチロー
オススメ度★★★★

「他人の記録を塗り替えるのは7割、8割の力でも可能だが、自分の記録を塗り替えるには10以上の力が必要だ」
イチロー
オススメ度★★★★

「12年間で2000本安打を達成する」
イチロー
オススメ度★★★
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■「全くミスなしで間違いなしでそこに辿りついたとして、深みは出ない」
「合理的な考え方は凄く嫌い」。勝手にイチローは合理的な考えにしたがってトレーニングもプレーもしていると信じていた人間からするとこの発言には少々驚かされた。「合理的な考え方」の定義が凡人と違うのかもしれない。

イチローの「合理的な考え方」の定義は、「手っ取り早く成果を出すための考え方」ということなのかもしれない。だとすると、凡人が考えている「合理的考え方」というのは、イチロー基準でいうと「ドーピング(的考え方)」ということになる。

合理性を重視していそうなイメージのイチローですが、実は、「合理的な考え方」にも一流ならではのこだわりがあるようです。

「常に人に笑われてきた悔しい歴史が僕の中にはあるので、これからもそれをクリアしていきたいという思いはもちろんあります。」
2016年6月15日(日本時間16日)、マーリンズのイチロー外野手が、パドレス戦で日米通算4257安打(日本1278本、アメリカ2979安打)を記録。ピート・ローズが持っていた4256安打の歴代最多安打記録を塗り替えた。試合後の記者会見で、記者から「(アメリカでの安打数だけでローズの記録を抜く)あと1000いくつというのをアメリカで、というのは?」と尋ねられて、これまでの道のりを振り返りつつ、こうキッパリと答えた。

小学生のときにプロ野球選手を目指していたころも、大リーグに行くときに「首位打者になってみたい」と言ったときも「笑われた」と語ったイチロー。過去を語りながらも、未来への野望を表明しています。

 

■「合理的に考えすぎてムダの生じないような進み方をしようとすると、結局近づくことすらできない」

イチロー選手は「自分はいかにムダな時間を過ごすかということを大事にしているところがある」「最初からあるべき姿に到達するのは不可能で、まずはムダな時間を経験して、そこから削ぎ落としていくことによって、ようやく自分の行きたいところに近づけるのではないかと思う」という話をしています。

【涙腺崩壊】同じ日、同じベッドで死を迎えた老夫婦〜永遠に変わらない愛情〜

75年間ずっと一緒に生きてきた老夫婦が、
同じ日に死を迎えました。

カリフォルニア州に住む、妻のジャネットさん(96才)と
、夫のアレクサンダーさん(95才)。

二人の出会いは、8歳の頃でした。

お互い友達として出会い、
友情も恋も芽生えていきました。

やがて、二人は1940年に結婚し、
5人の子供に恵まれます。


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アレクサンダーさんが第2次世界大戦に参戦したとき以外、
二人が離れていたことは一度もなかったそうです。

それに、アレクサンダーさんはいつも、
ジャネットさんの写真を持ち歩いているほど、
妻をとても愛している夫でした。

しかしある日、
アレクサンダーさんが転んでしまったときに、
大腿骨を骨折。

そのまま起き上がれなくなってしまったのです。

それ以来、健康は悪化していくばかり…。
ジャネットさんは覚悟を決めていたのかもしれません。

二人は、この言葉をよく話していたそうです。

「同じベッドの上、お互いの腕の中で手を組んで死にたい。」

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その願い通り、二人は同じベッドで一緒に死を迎えました。

先に旅立ったのは、アレクサンダーさんでした。

娘のエイミーが、お父さんが亡くなったことを伝えると、
ジャネットさんは夫へこう話したそうです。

『あなたが望んでいた願いが叶いましたね、
私の腕の中で死ぬこと。本当に愛してるわ。
少しだけ待ってて、すぐ行くわ。』

エイミーは、母と父がお別れを言う時間だと思い、
席を外したそうです。

その後、一日が立つ前に、
ジャネットさんも夫と向かい合ったまま、
亡くなりました。お互いの願いが叶った二人。

「一生の間、二人で一つの心臓を持っているかのように、
一心同体でした。」とエイミーは話しました。

同じ日に、同じベッドの上で。

二人の姿にホスピスの看護師さんも、本当に信じられないことが起きたと驚いていたそうです。

8歳からの出会い、最後まで変わらなかったお互いへの愛情。映画のような二人の美しい人生に、とても感動させられます。きっと天国でも、お互い見つめ合いながら微笑んでいるような気がします。

出典Couple married 75 years dies in each other’s arms

【感動実話】アフリカの野生動物に育てられた女の子の眼差しと笑顔にグッと来る

自然写真家の両親を持つ女の子、ティッピ。

ティッピの両親は、
彼女がまだ生まれる前に故郷のフランスから
アフリカのナミビアに引っ越しました。

ナミビアにはライオンやトラ、チーターなどの
どう猛な動物たちが生息していますが、
両親はそこでティッピを野生の動物たちとともに育てることにしたのです。

 
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写真家の両親がこれまでに撮影してきたティッピの
写真からは、学校や社会のしがらみに捕われることなく、
たくましく成長していくティッピの様子が伝わってきます。

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参照:Elite Daily
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