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約90年前の京都の音声付き映像がすごい!クリアな音声で、まるで昨日のことのような臨場感!

こちらは、初期のサウンドカメラで撮影されたという1929年の京都の映像。

クリアな音声で、当時の様子が臨場感たっぷりで堪能できます。

 

動画には「時間の重みに感動する」「とても素敵なビデオだ」など、

海外からもコメントが寄せられています。

 

ここまでクリアな音質で録音されている映像は初めて観ました。

当時にタイムスリップした気持ちになれますね^^
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「大迫半端ないって!」で話題の中西隆裕って○○〇に就職したの?

今なおサッカー界に残る伝説の名言「半端ないって」を残した中西隆裕さん!中西隆裕さんにとっては何が半端なかったのでしょうか?さらに現在中西隆裕さんは大手銀行に就職したと言われています、サッカーは引退してしまったのでしょうか?現在の姿に迫ります。

 

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高校サッカーで今なお語り継がれる男・中西隆裕!

第87回高校サッカー選手権の準々決勝で敗北した滝川第二高校のキャプテン・中西隆裕さんが今回スポットを当てたい相手です。まさに高校サッカー界に名を刻んだ選手でした。

中西隆裕 (なかにし たかひろ) ■プロフィール DF 滝川二高校3年(主将) 90年7月11日生まれ 177cm,68kg ■特徴 U-18JFA選抜のCB。対人プレーの強さ光るDFは同校主将も務める

中西隆裕さんが所属していた滝川第二高校は言わずと知れたサッカーの名門高ですが中西隆裕さんが準々決勝で対峙した鹿児島城西高校にはあの選手がいました。

日本代表・大迫勇也選手!
そうです、鹿児島城西高校には現日本代表で海外でプレーしている大迫勇也選手がいたのです。

高校時代から類希な才覚を発揮していた大迫勇也選手は中西隆裕さんに勝利した大会では得点王として10得点もあげていました。

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そんな大迫勇也選手引き入り鹿児島城西高校に負けた際のインタビューで中西隆裕さんが語った言葉が今でも伝説になっています。

中西隆裕が叫んだ!「半端ないって!」

中西隆裕さんが放った言葉は「大迫!半端ないって」と涙ながらに叫びました!半端ないのは大迫勇也選手の事だったんですね。

 

中西隆裕さんのこの言葉から大迫勇也選手はどれほど凄いんだと話題になり元々注目されてはいましたが宣伝効果はばっちりでしたね。

 

現在でも語り継がれるこの言葉を残した中西隆裕さんは現在何をしているのでしょうか?噂では大手銀行に就職したという事ですが。

中西隆裕の現在!中西隆裕は三井住友銀行に就職?

中西隆裕さんの残した「半端ないって」は現在Tシャツにもなっています!著作権は中西隆裕さんに入るのか気になる所ですね。

 

中西隆裕さんの半端ないってTシャツは人気がありすぎて品薄になる時もあるんだとか。

 

中西隆裕さんは高校卒業後は大学サッカーの名門・関西大学に進学して大学でもサッカーを続けていました。大学進学した時は「半端ないの人じゃない?」とかなりイジられたそうですね。

 

現在は大学も卒業してプロに進んでいてもおかしくはないですが何と現在の中西隆裕さんは銀行に就職していました。

 

噂ですが中西隆裕さんの勤めている銀行は「三井住友銀行」で三井住友銀行の岡山支店で働いていると言われています。

中西隆裕さんは銀行の中でも営業職に就いて現在も頑張っています!以前日本代表でに選ばれた大迫勇也選手に応援メッセージを送った事もありましたね。

 意外な“戦友”からのエールも届いた。滝川二高出身の中西隆裕さん(23=会社員)は第87回高校選手権準々決勝で大迫を擁する鹿児島城西に完敗。試合後のロッカールームで号泣しながら「大迫、半端ないって」と叫ぶ姿が話題を呼んだ。その動画のYou Tube再生回数は450万回を超え、一部ファンの間では、ちょっとした有名人。プロ入り後の大迫の活躍に注視しており「日本代表でも半端ないプレーを見せてほしいですね」と活躍を期待した。

中西隆裕さんは高校では名門の主将を務め大学も強豪にはいったにも関わらず何故サッカーをやめてしまったのでしょうか?最後に気になる引退理由を調べてみました。

中西隆裕がサッカーをやめた理由!プロのレベルではなかった?

中西隆裕さんはJFAU-18選抜にも選ばれた程の確かなサッカーの実力者でしたが何故プロに進まず銀行で就職する道を選んだのでしょうか?

 

中西隆裕さんは大学までサッカー1筋できました、しかし大学のトップチームでは中々出場機会に恵まれなかったといいます。

そんな折に真剣に自分の将来を考えた時にサッカーではなく就職してサラリーマンとして生きていく道を選んだと中西隆裕さんは語っていました。

中西隆裕さんは大学でサッカーをやりきったといっており、引退した事に悔いはない!と言っていました。

 

大学3年生の時にサッカー部から「サッカーを続けるのか?就職するのか?」と聞かれた時に中西隆裕さんは「就職します」と答えたと話しています。

 

大迫勇也選手と一緒に活躍する姿も見たかったですが仕方が無いですよね、中西隆裕さんのTシャツだけは大迫勇也選手と共に世界の舞台まで行っていました、中西隆裕さんも自分の放った言葉がここまでの影響が出るとは思わなかったでしょう。

まとめ:中西隆裕の現在は銀行員!最後は名言を動画でご覧下さい。

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【全米が泣いた感動実話】ホームレス少女がハーバード大学へ


ホームレスだった少女がハーバード大学に入学した話を知っていますか?

アメリカ最貧の街と呼ばれる「サウスブロンクス」という地で生まれたリズ。

生まれつき家庭も貧しく、父親は無職で母親は薬物中毒という両親。

主な食事は水に溶かしただけのシリアルと満足な物は食べられませんでした。
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父は無職でしたが口癖のように「リズ、本を読め。学校には行けよ。」と言っていました。

そのため外のゴミくずをあさり、ボロボロになった本を読むのがリズにとっての楽しみでもありました。

ところが…さらなる不幸がリズに。

 

9歳のリズに訪れた不幸とは

当時なんとか生きながらえていたリズに、さらなる不幸が訪れました。

母は薬物中毒のため入院させられ、家庭では家賃が払えなくなりアパートを追い出されてしまうのです。

9歳だったリズは、その頃からホームレス生活をスタートすることに。

生きるために万引きもし、「お金ください」と物乞いもしました。

その後、リズの運命を大きく変える出来事が起きました。

母が死んだのです。

16歳のタイミングでホームレスとなった母と同じ年齢になったリズも同じような運命をたどるのかと

厳しい現実をつきつけられていました。

そんな時、ふとリズの頭をよぎったのが

「学校には行けよ。」という父の言葉でした。

 

人生を変える一歩を踏み出す

リズは、高校を卒業すれば何かが変わる。人生を変えたい。

そんな一心で入学金の要らない高校に入学を決心しました。

とはいえ、昨日までホームレスだった少女が授業についていけるはずなどなく、毎日勉強に打ち込むのでした。

日中は授業を受け、放課後は学費を稼ぐためにアルバイト、アルバイトが終わった後は授業に追いつくために深夜まで勉強。

そんな努力の甲斐あってか翌年には学年トップの成績に。

そして、成績優秀者のみが参加できるハーバード大学の見学にリズも参加したのです。

そこで見た光景は今まで見たこともない輝きを感じ、ハーバード大学への強い思いを持つのです。

 

ハーバード大学に行きたい

貧しいリズにとって、ハーバード大学に入るには奨学金を得るしか方法はありませんでした。

運良くニューヨークタイムズがその年から奨学金制度を始め、リズも面接をすることに。

面接は、「人生で克服しなければならない事」というテーマでスピーチするものでした。

そこでリズは、ホームレスであることなど自分の生い立ちを赤裸々に話したのです。

リズにとっての克服しなければならない事は、これまでの人生であることを本心から訴え、人生を変えたいと魂の叫びを伝えました。

そして….

奨学生発表の場にリズの姿がありました。

そうです。ハーバードへの切符をリズは掴んだのです。

そして、リズは壇上で「ハーバードに行きます。」そう強く決意表明しました。
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ハーバード入学後
リズは、入学後臨床心理学を専攻し、大学でも勉強に励みました。

そして卒業後は、自分と同じ境遇の人たちを助けようとホームレスが通える高校を設立したのです。

ホームレスという言葉では言い表せられない程の辛い人生を送ったからこそ伝えたい言葉があると言います。

人生は環境では決まらない。どんな人間になりたいか、その意思が未来を決めるのです。

いかがだったでしょうか。

このリズの大逆転劇は「Breaking Night」というタイトルで著書にもなっています。

過酷な日々でも決して自分の人生を諦めなかった感動のストーリーです。
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ある教授の感動する哲学の授業「マヨネーズの瓶と2杯のコーヒー」

貴方が人生に行き詰まってどうしていいか分からないと思う時

一日が24時間では足りないと思う時

マヨネーズの瓶とカップ2杯の
コーヒーのことを思い出して下さい。
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ある大学教授が哲学科の教室で生徒達の前に立っていました。

いくつかの品物を前に置いて。
授業の初めに教授は無言で、
大きな空っぽのマヨネーズの瓶を取り上げ
その中にゴルフボールを入れ始めました。

瓶が一杯になった時、教授は学生達に、
この瓶は一杯だと思うかと尋ねました。

学生たちは、そう思うと答えました。

次に教授は小石の入った箱を取り出して、
小石を瓶に移し、瓶を軽くゆすりました。

小石はゴルフボールとゴルフボールの隙間にはいりこみました。

そこでまた教授は学生達に、「瓶は一杯か?」とたずね、
学生たちは、「そうです。」と答えました。
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続いて教授は砂の入った箱を取り出し、
砂を瓶の中に入れました。

当然、砂は瓶の中の残っている隙間にはいりこみました。

教授はまた、「瓶は一杯か?」と尋ねました。

学生たちは異口同音に、「はい。」と答えました。

さらに、
教授はコーヒーの入ったカップを二つ持ち出して、
マヨネーズの瓶にそれを注ぎ込みました。

コーヒーは、砂の中に浸み込んで行きました。

学生たちは笑い出しました。

「さて、」笑いが収まるのを
待って教授は話し始めました。

「この瓶を人生だと思ってごらん?
ゴルフボールが表わしているのは、大切なものだ。

家族とか、子供たち; 健康; 友達; 夢中になれるもの――
もし仮に、他のものが全部なくなっても、これさえあれば良いと言えるものだ。

小石はその外の比較的大事なもの、仕事とか、家、車などのようなものだ。

砂は、その他のいろんな物事―どうでもいいものだ。

もし、最初に砂をこの瓶にいれてしまったら、

小石やゴルフボールの入る余地は無くなってしまう。

人生も同じことだ。

もし、どうでも良いような事に時間や労力をつぎ込めば
大事な物事の入る場所はなくなってしまう。

だから・・・ 

君たちは、自分にとって掛替えのないものに注意をしなさい。

子供たちと遊び

健康診断のために時間を作り
奥さんを連れて食事に出かけなさい。

家の掃除や、ゴミの始末は後で出来るさ。

先ず第一に、ゴルフボールをいれること

つまり、
本当に大事なものを先にするのさ。

それさえちゃんとしておけば、
後の物事は砂みたいに何所にでもはいるのさ。

一人の学生が手をあげて、コーヒーは何を表わしているのかと、
尋ねました

教授は「良い質問だ」と、笑顔で答えました。

どんなに忙しくても

友達と一緒にコーヒーの
一杯や二杯飲む時間ぐらい、
その気になれば見つかると云う事さ。

出典元:The Mayonnaise Jar and 2 Cups of Coffee
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【閲覧注意】信じられない!?この美女達に隠された秘密。あなたは分かりますか?

この美女の他にもたくさんの美女達が出てきますが、

その美女達にはある秘密があります。

あなたは分かりますか?

 

 

それは何でしょうか?

よぉ~く見てください。

答えは最後に分かります。

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あなたはこの美女達の秘密が分かりましたか?

実は、この美女達は・・・

イスラエル人アーティストのYigal Ozeriさんが描いた絵だったのです!!

この美女たちが本当に絵の中の存在だなんて

もう信じられません・・・

それにしても、リアル過ぎますよね^^

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【涙腺崩壊】高倉健の感動エピソード

映画俳優として、83歳で亡くなるまで活躍し続けた高倉健さん。

そんな健さんは、多くの芸能人から慕われていました。

多くの芸能人が健さんの人となりを語った感動的なエピソードです。

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ビートたけし

『夜叉』で共演したビートたけしは撮影中のエピソードとして、真冬の福井ロケのある日、オフだったにもかかわらず、高倉がロケ現場へ激励に現れた。

厳しい寒さの中、出演者・スタッフは焚火にあたっていたが、高倉は全く焚火にあたろうとしない。スタッフが「どうぞ焚火へ」と勧めるが、高倉は

「自分はオフで勝手に来た身なので、自分が焚火にあたると、皆さんに迷惑がかかりますので」

と答えた。

出典 http://wkp.fresheye.com

志村けん

志村さんが映画撮影のために北海道へ行く前日、高倉さんは関係者から志村さんの携帯番号を聞き出し、メッセージを入れたようです。

『高倉です。明日よろしくお願いします。寒いですので気をつけて下さい』

志村さんは本人からの録音を聞いて感激したようです。

出典 http://ameblo.jp

 

武田鉄也

武田鉄矢が話していた、映画のデビュー作・幸福の黄色いハンカチのエピソード。

ラストの黄色いハンカチがたくさん干しているシーンで、武田さんは泣く芝居をしないといけなかったけど、そのシーンに一週間撮影をかけていて、毎日ハンカチを見ているうちにハンカチが安全第一の旗に見えて涙が全く出なくて、泣く演技をするのに苦労したんだって。

そしたら、そのシーンが終わったら撮影も終わって1ヶ月振りに東京に帰ることになっているのだけど、「よーい」ってカチンコが上がった瞬間、健さんが小さい声で、

「長い間世話になったな。東京に帰っても体元気づけて、しっかり生活するんだぞ。楽しかったぜ。」

って言ってくれて、武田さん大号泣。

涙ぼろぼろ、おいおい泣いたって。健さん…なんて温かい人なの。

出典 http://curation.ameba.jp

 

千葉真一

千葉真一は高倉を “ 一生あこがれの存在で永遠の師匠 ” と公言している。

千葉がデビューして間もない頃、健さんが食事によく連れて行ってくれた。

また、学生服しか持っておらず、取材向きの洋服がない時に健さんからスーツをもらった。

役者として少し売れてきた後でも(千葉自身の)撮影がない時には、健さんの付き人をしていた。

離婚した時に健さんから手紙で励まされ、それが心の支えになった。

東映の労働組合委員長と撮影進行で衝突して、映画界を辞めようと思った時に、健さんが思いとどまらせ、一緒に謝ってくれた。

など、「健さんは厳しい人だけど、ちゃんと愛がある。そばにいて、俳優としても人間としても、大切なことをいっぱい教わった」と語っている。

出典 http://ja.wikipedia.org

 

弘田三枝子

ある時、高倉健さんとご一緒にスポンサーさんの接待がありました。行ったクラブで、そこのマネージャーが歌を歌って欲しいと要望され、困ったことがあります。横にいた健さん、困っている私を見て

「絶対に歌ってはいけませんよ、貴女はプロなんですから」

そう囁くと、しつこく要望するマネージャーに

「僕は歌手じゃないから、僕が歌いましょう」

そう助け舟を出してくれました。マネージャーさん、絶句。結局引き下がってくれました。健さん、本当に爽やかで、男らしい方です。

出典 http://ameblo.jp

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岡村隆史

岡村隆史とは第23回日本アカデミー賞で同席。岡村は高倉に長年のファンであることを伝えた。この時、主演作『無問題』で話題賞を受賞し、

「将来は高倉健さんのような俳優になりたい」

との受賞スピーチで会場から笑いが巻き起こる中、高倉は独りにこやかに立ち上がって拍手を送った。

2010年、岡村が病気で半年にわたり療養した際にも電話や手紙でメッセージを送り、激励している。

出典 http://wkp.fresheye.com

 

小林稔二

健さんがヤクザ映画で売れている頃稔侍さんは駆け出しで健さんの脇役。稔侍さんの引越しが決まった時に健さんが祝儀(当時のお金で200万円~300万円)を渡そうとしたら、(流石に高額すぎたのか?)稔侍さんは固辞したそうです。

そしたら引越しの当日健さんは作業着を着て引越しの手伝いに現れたという。

出典 http://blog.goo.ne.jp

また、その他にも映画撮影時のエピソードも多数存在しています。どのエピソードも高倉さんの周りへの配慮、プロ意識の高さを感じずにはいられません。

 

八甲田山

軍隊が訓練中に八甲田山で遭難してしまう映画「八甲田山」。

吹雪の中で立ち往生してしまうシーン。現場に行くのに役者は歩いて行かないといけない。当然足跡がつく。

立ち往生しているのに足跡がついているのはおかしいと、雪山で4時間、足跡が消えるのを待った。

出典 http://convenience.typepad.jp

 

夜叉

『夜叉』の撮影初日が終わり、役者・スタッフの泊まる旅館へ到着し、食堂へ行くと、高倉と監督の前だけ、皆とは違った豪華な料理が並んでいた。

これを見た高倉は

「自分も皆さんと同じ料理にしてください」

と遠慮していた。

出典 http://wkp.fresheye.com

 

幸福の黄色いハンカチ

初の松竹出演となった『幸福の黄色いハンカチ』の冒頭で、刑務所から刑期を終え出所した直後の食堂で、女性店員についでもらったグラスに入ったビールを深く味わうように飲み干した後、ラーメンとカツ丼を食べるシーンがある。

その収録で「いかにもおいしそうに飲食する」リアリティの高い演技を見せ、1テイクで山田洋次監督からOKが出た。あまりにも見事だったので、山田が問い尋ねると

「この撮影の為に2日間何も食べませんでした」

と言葉少なに語り、唖然とさせた。

出典 http://wkp.fresheye.com

 

あなたへ

6年ぶりの主演映画「あなたへ」のロケ地として協力を受けた富山県・富山刑務所を表敬訪問した。今作で演じた倉島英二は刑務所の指導技官という役どころで、昨年9月に5日間にわたり撮影を行った。

高倉の感謝の気持ちを伝えたいという思いから、再訪が実現。同刑務所内の講堂で受刑者約350人と対じし

「1日も早く、あなたにとって大切な人のところへ帰ってあげてください。心から祈っています」

と語りかけると、受刑者たちから盛大な拍手が沸き起こった。

出典 http://eiga.com

高倉健さんは亡くなってしまいましたが、作品を通して、いつまでも人々の心に残る俳優さんですね。

出典元:Spotlight

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【必見】北野武「“輝ける明日”なんてもののために今を犠牲にしちゃうのかね?」

今の社会は、夢を持てとか、自分らしさを生かせとか、やたらとそういうことを子どもたちに強調する。道徳の授業もそうらしい。

夢に向かって努力することが生きる喜びになる、なんて書いてある。

貧乏だった時代には、そんなこといわなかった。

「清貧」が、あの時代の道徳だったはずだ。

最近の道徳の教科書に、そんな言葉は見つからない。

清く貧しく美しくなんてのは、もう流行らないらしい。節約とか節制なんて言葉もあまり見かけなくなった。

 
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時代が変われば、道徳は変わるのだ。

だけど今の人類が置かれた立場を考えれば、むしろ夢をかなえようなんてことより、清貧の方が大事なんじゃないの、と思う。

人間がじゃんじゃんエネルギーを消費して、地球の平均気温がじわじわ上がって、近頃は異常気象が当たり前になってしまった。5月に台風が来たり、気温が30度を超えたりしても、今じゃ誰もたいして驚かない。

東日本大震災のときは、節電しないと夏を越せないとかいって、東京の夜は暗くなった。自動販売機が電気の無駄遣いだと目の敵にされた。昔の夜が戻ってきたみたいで、こういうのもいいなあなんて思っていたけれど、しばらくしたらまた元通りのピカピカな夜が戻ってきた。節電なんて言葉もどこかへ行ってしまったみたいだ。

だけど、地球上で起きている問題の大半は、人間があまりにもエネルギーだの資源だの食糧だのを無駄遣いしているから起きているという事実は変わらない。中国の14億人が、アメリカ人と同じくらいエネルギーを消費するようになったら、地球は保たないなんていわれている。

このままではどう考えたって文明は破綻する。現代人は今すぐにもライフスタイルを改めなくてはいけないはずなのに、その話はいっこうに進まない。節電や節約くらいで、この問題が解決するとは思えないけれど、それでも解決に向けた最初の一歩にはなる。
それは誰もがわかっているはずなのに、そういうことにはあまり真剣にならない。節電だの節約だのは、結局のところ経済活動のマイナスになるからだ。

清く貧しく美しくを奨励されて、みんながモノを買わなくなったら、消費が落ち込んで、経済成長率は下がって、世の中は大変なことになる。

人間は、幸せになるために生まれてきた。じゃんじゃん消費して、経済成長して、みんなで豊かになろうっていう高度経済成長期の幸福論は、バブル崩壊だの、大災害だのいろんなことがあって、いったんは否定されたはずなのだが、今も脈々と生きている。

大志を抱け、夢を持てと子どもにいうのも、そういう文脈の話だ。

なにしろその夢の見本が、スティーブ・ジョブズやマイケル・ジャクソンだったりするわけだから。イチローでも、本田圭佑でもいいけれど。

とにかく成功して、金持ちになって、いいクルマだの家だの自家用ジェットだの、なんでも好きなモノが買えるようになるっていうのが、要するに普通の大人が普通の子どもに教えている平均的な大志や夢の中身だ。ミもフタもない話だけど。

石川遼が出てきたときは、子どもにゴルフを習わせる親が増えた。今は錦織圭を目指してテニススクールに通う子どもが増えているんだろう。

夢を抱けっていうのは、前向きに生きろってことなんだろう。夢がかなうと信じて、一所懸命に勉強したり、スポーツに打ち込めってことだ。

子どもの鼻先に夢という名のニンジンをぶら下げているわけだ。

だけど、夢を持てば、誰もがスポーツ選手になったり、大金持ちになれるわけじゃない。

お笑いの世界にも、近頃は何を勘違いしたか、そういう成功を求めて飛び込んでくる奴らがたくさんいる。昔は、子どもが芸人になるなんて、親の恥だった。俺の母親は、俺が浅草のフランス座で働き出したときは、息子は留学してますなんて近所にいってたくらいだ。

今はもう、そんなことをいう親はいない。芸人になって、テレビでみんなに笑われるのは、誇るべき職業ということになったらしい。それも、芸人が儲かるっていう話が広まったからだろう。実際に儲かっている芸人なんて、それこそ一握りでしかないのに。

夢をかなえた、ごく一握りの人にスポットライトをあてて、夢を見ろと煽る。宝くじの宣伝と同じ程度の話なのに、学校の教師までが、子どもに夢を持てなんていっている。
世の中に余裕があるから、そんなことをいっていられるのだ。

夢に向かって頑張っていた子どもが、挫折してフリーターになっても、なんとか喰っていける世の中だから、夢を追いかけろなんて無責任なことがいえる。「飢え」というものを体験した世代はもうほとんどいなくなった。

昔はそんなに甘くなかった。ちゃんとした職業に就けなければ、路頭に迷うんじゃないかって親は心配したものだし、実際そういうことはいくらでもあった。

そういう時代には、誰も夢を持てなんていわなかった。

というより、うっかり夢を語ろうものなら、親に叱られたものだ。

「医者になりたいだって?  何いってんだ。お前はバカだし、ウチにはカネがないんだから、なれるわけないじゃないか」

「画家になりたい?  バカヤロウ!  絵描きで飯が喰えるわけがねえだろ」

頭をひっぱたかれて、それで終わりだ。
 
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夢なんて追いかけてないで、足下を見ろというわけだ。

乱暴だけど、それが庶民の知恵だった。

今なら、子どもの可能性を潰す悪い親ってことになるのだろうか。

もしほんとうにその子に医者や画家になる意志と能力があるなら、そうやって頭を叩かれながらでも医者や画家になるだろう。ほんとうにやりたいことがあって頑張っている奴を否定するつもりはない。成功しようがしまいが、それがそいつのやりたいことであれば、思う存分にやればいい。だいたいそういう人間は、夢を持てなんていわれなくてもやり遂げる。

夢を追いかけるといえば聞こえはいいけれど、それはつまり輝ける明日のために今日を犠牲にするということだ。ほんとうのことをいえば、人も羨むその「輝ける明日」なんてものは、いつまで経ってもやってこないというのに。人がほんとうに生きられるのは、今という時間しかない。その今を、10年後だか20年後だかの明日のために使ってどうしようというんだろう。昔はそういう人間を、地に足が着いていないといった。

夢なんかより、今を大事に生きることを教える方が先だったのだ。

まだ遊びたい盛りの子どもを塾に通わせて、受験勉強ばかりさせるから、大学に合格したとたんに何をすればいいのかわからなくなる。

夢なんてかなえなくても、この世に生まれて、生きて、死んでいくだけで、人生は大成功だ。

俺は心の底からそう思っている。

どんなに高いワインより、喉が渇いたときの一杯の冷たい水の方が旨い。

お袋が握ってくれたオニギリより旨いものはない。

贅沢と幸福は別物だ。慎ましく生きても、人生の大切な喜びはすべて味わえる。人生はそういう風にできている。

そんなことは、誰でも知っている。

だけど、そんな大切なことも教えないで、夢を追いかけろという。頑張って勉強して、スポーツやって、起業したり、有名人になったりしなければ、幸せになれないと脅す。

そうしないと経済成長が止まって、大変なことになってしまうからだ。

だけど、大変なことになるのは、いったいどこの誰だろう。

少なくとも、清く貧しく美しく生きている奴ではない。

 
 
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出典元:YAHOO

三浦知良がとある記者に切り返した言葉が素敵すぎる!!

とある日韓戦の試合後、朝日新聞の記者が国旗、国歌斉唱の時に1人だけ胸に手を当て声に出して歌うカズにこんな質問をした。

「韓国では日の丸や君が代には過去の軍国主義の象徴という意味もあるのを御存じですか」

するとカズはこう切り返した。

「自分の国の国旗や国歌に敬意を表さない人が他国に対して敬意を表する事ができますか」

私たち日本人は日の丸を誇りに、君が代は大きな声で歌いたいものです。

 
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ある新聞社にカズが養護学校の施設に1人で来て、度々障害者の
子供たちと会っているとの情報が入ってきた。通常こういう施設に有名人
が来る場合はマスコミに事前に知らされていて、カメラと一緒にパフォーマンスとして
するものなので記者もこの情報には半信半疑であるのと、
もしかしたらカズ自身に何かの秘密があるのでは?と
スクープの可能性も感じながら情報の養護学校に向かった。

3日ほど張り込んだだろうか、場違いな高級スポーツカーが
養護学校に横付けされた。中から出てきたのはカズこと三浦知良だった。

記者はかたずをのんでカズが何を目的に来ているのか見守っていた。
もちろん他にマスコミの姿は見当たらない。

やがてジャージに着替えたカズが障害者の子供たちとサッカーボールを
持って中庭に出てきた。子供たちの中には満足に歩けないような重度の障害がある子もいた。
しかしその子供たちの目は真剣そのもので倒れても起き上がっては泥だらけになって
ボールを追いかけている。いつしか記者のカメラはカズではなく障害者の子供たちに向けられていた。

やがて時間が過ぎてカズと子供たちは施設の中に入っていった。
着替えを終え施設を出ようとするカズに子供たちは全員で手を振っている。そしてカズはこう言った
「今日もみんなありがとー!」
記者は耳を疑った。なぜならカズの方がお礼を言っていたからだ。

高級スポーツカーに乗り込み施設を出ようとするカズに急いで記者は駆け寄って少し意地悪な口調でこう質問してみた
「カズさん○×新聞ですけど、こういう施設にきて子供たちとサッカーをしてあげているというのはやはり好感度とか人気取りなんでしょうか?」
突然記者が飛び出してきたので少し驚きながらもカズはこう答えた。

「僕が彼らに何かをしてあげてるって?逆に僕が何かをもらっているようには見えなかったかい?」

そう言い残してカズはスポーツカーを走らせて帰って行った。記者は職業柄意地悪な質問をした事をすぐに後悔する事になった。
なぜなら自分が撮影したカメラにはカズの姿は殆ど映っておらず、その殆どが泥だらけになりながらも、倒れながらもボールに向かっていく障害者の子供たちの姿だったのだから。
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【1999年読売新聞投書欄より抜粋】
ある日早朝の公園でミニチュアダックスを散歩させていたら黒と鼠色の
ブチのお世辞でも綺麗とは言えない雑種の犬がこちらに猛然とダッシュしてきた。

私は危険を感じたのでミニチュアダックスを抱き上げた。
その雑種の顔を見るととても穏やかな表情で尻尾をふってこちらを見ている。
どうやら遊びたかっただけのようだ。ちょっと安心したのも束の間遠くの方から
「オーイ!カポネ!だめじゃないか!」

と大声で怒鳴りながらトレーニングウェアでこちらに走ってくる人物が、よくみるとカズこと三浦知良じゃないか。
カズは「どうもすみませんリードを振り払って走っていってしまったもので」
と恐縮しきりだったので「いいですよ、でもこの犬はカズさんの犬じゃないですよね?どなたの犬ですか?」
と聞いてみた。なぜなら雑種の日本犬だったからだ。するとカズは笑顔でさらりとこう答えた
「僕の犬です、カポネ、5歳のオスです」

私は失礼だとは思ったが思わず一言言ってしまった。
「えーカズさんが雑種飼ってるなんて信じられない」
するとカズは大笑いしながらこう答えた。

「みんな同じこと言いますね、そう、ただの雑種です、保健所から貰ってきました。
僕にはそこにいたすべての捨て犬を家族にはできないけど」
そしてリードを手に取ると「どうもすいませんでした、カポネいくぞ!」
と言って走って行ってしまいました。カズさんとカポネが去ったあとほんのり春の風が吹いていました。
そう、命にブランドや血統書なんて関係ない。人一人が出来ることは限られますが、大勢の人がカズさんのような人だったらもっと穏やかな世の中になるのかもしれませんね。

49才 港区 主婦

 

 

とある小児病棟に慰問に行ったカズ。
普段湿りがちな病院の子供達や看護婦達に大歓迎を受け、リフティングやらを披露して大歓声を受けている。
ふとした拍子にカズがあきらかにその輪に加わらないスキンヘッドの女の子を見つけた、カズはその子に話しかけたがサッカーに興味が無いと言い残し車椅子で病室に去って行ってしまった。

看護婦に聞くとその子は白血病で抗ガン剤の副作用から髪の毛や眉毛が抜け落ちて、それから誰にも心を開かなくなったのだと言う、しかしカズは見逃さなかった。
その子が去ってゆくとき小さな紙切れのようなものを落として行くのを、カズがその紙切れを見るとこう書いてあった
「試合いつもテレビで見ています頑張ってください」
カズは看護婦に一枚の色紙を託した、そこにはこう書いてあった。

「絶対に何があってもあきらめない」

次の試合、チームメイトやサポーターから大爆笑や野次がおこっていた、新聞記者はこぞってこう書いた
「キングご乱心」
そこにはスキンヘッドで眉毛も無い状態でピッチに立つカズの姿があったのだ。
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