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【ライフハック】超簡単にできるエアコン室外機の冷却方法が話題に! 「凄く冷えるようになった!」の声

バケツとタオルでエアコンの室外機を冷却することで、エアコンの効きを良くする方法がTwitterで話題になっています。この方法には「すごく冷えるようになった」「これは素晴らしいアイディア」「凄く効果がありました!ありがとうございました」などのコメントが寄せられています。動画では、バケツに水を入れるだけでなく、ドレン排水をそのままバケツに入るようにして、バケツ内の水が減るのを遅くしています。

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映像は世界中で拡散され、たった2日間で1,000万回以上再生されたといいます。とても癒される映像です^^

約90年前の京都の音声付き映像がすごい!クリアな音声で、まるで昨日のことのような臨場感!

こちらは、初期のサウンドカメラで撮影されたという1929年の京都の映像。

クリアな音声で、当時の様子が臨場感たっぷりで堪能できます。

 

動画には「時間の重みに感動する」「とても素敵なビデオだ」など、

海外からもコメントが寄せられています。

 

ここまでクリアな音質で録音されている映像は初めて観ました。

当時にタイムスリップした気持ちになれますね^^
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【涙腺崩壊】医師は11才の少年の遺体に深く敬礼。全世界が涙した理由とは・・・

いま世界中で報じられ、話題になっている一枚の写真があります。
手術室から運び出された11才の少年「リャン」くんの遺体に、医師たちが深々と頭を下げている冒頭の写真だ。

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リャン君は、9才の時に悪性の脳腫瘍と診断されガンと闘ってきただが、すでに助かる見込みがないほど悪化し最後の時を待つばかりとなっていた。死期の近づく中、6月6日に彼は最後の願いを口にした。
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その願いとは「自分の臓器を提供したい」だった。

写真は、リャン君の最後の願いを叶える臓器摘出手術を終えて運び出された、彼の『遺体と魂』に医師たちが最大限の敬意を持って、誰からともなく頭を下げている様子を写したものでした。

後日、彼の小学校の教師は取材に「教科書に掲載された物語を読んで、臓器提供のことを知ったんだろう」と語っています。リャン君の将来の夢は、医者になることだったという・・・。

臓器提供を待つドナーに対して、臓器提供者の数が圧倒的に不足している現実は世界的に変わらず、みなさんもご存知だろう。臓器提供に関しては提供者本人だけでなく、残された遺族の気持ちの問題も大きく簡単ではない。

写真の奥で泣いているのはリャン君の母親「李」さん。 リャン君の尊い行いとともに、彼の願いを叶えることを選択した彼のご家族の決断にも頭が下がる思いだ。
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正直に言えば、自分の子供がリャン君と同じ状況になったとしても、私はとてもその最後の願いを受け入れることはできないだろう。しかし、生前から家族とともに臓器提供の可能性について話し、理解を深めるそんな取り組みは初めてみようと思う。

人が変わるには、なにか「きっかけ」が必要なのだろうから…。

日本では母親のことを「おかあさん」と呼ぶ理由

突然ですが、なぜ日本人は「母親」のことを「おかあさん」、「父親」のことを
「おとうさん」と呼ぶのでしょうか?

 

そこにはちゃんと意味があって、理由があります。

もちろんその始まりは過去のこと。

大昔のことだから本当に正しいかどうかなんて誰にもわかりません。

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なぜ「おかあさん」「おとうさん」と呼ぶかについてもそう。

「日本人」ってどんな人?という質問についてもそう。

「日本に住んでる人」と答えることが多いかもしれませんが、「じゃあ日本て何?」と聞かれた時にどれだけ説明できるでしょうか。

 

海外では「ジャパン」と呼ばれている国をなぜ日本人は「ニホン(ニッポン)」と呼ぶのでしょうか?その質問に答えらえるでしょうか。

 

正解じゃなくてもいいから、親や教育者、保育者が「一つの解答例」を示してあげることで、子どもが「考える力」を養うきっかけになり成長していくはずです。

 

そのためにはまず、親や教育者、保育者自身が考え、「こういう考え方もあるんだよ」ということを示してあげることが大切なんじゃないでしょうか?

 

それではなぜ、母親のことを「お母さん」と呼ぶのか?

 

それは、
日本人は古代から、太陽を信仰する民だった。
天照大神は、太陽の神様だ。
日本の国旗は日の丸。太陽を表している。

昔々、日本の古代人は、太陽のことを、「カッカッ」と呼んだそうだ。
それが、「カアカア」になり「カカ」になった。

母親のことを、
「カカさま」というけど、あれは、ここからきていると言う。

つまり、
母親というのは、ぼくたちに命を授けてくれた太陽のような存在なんだという意味だ。
すごいね。
なるほどだね。

ここから、「おかあさん」というのはきたということだ。

子どもは、
太陽に手を合わせるような気持ちで「おかあさん」と呼ぶわけだ。

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ちなみに、なぜ父親のことを「お父さん」と呼ぶのか。

「おとうさん」は昔、「とうと」と呼ばれていたそう。

昔の女性たちは思いました。

夫は、自分や子どものために一生懸命外へ働きに出て、

生活の糧を持ってきてくれる。今で言えばお金ですね。

 

 

そして、悪い奴ら乱暴な奴らが来ると立ち向かって追い払ってくれる存在。

「あぁ、夫はなんて尊(とうと)い存在なんだろう」と。

その「尊(とうと)」から、夫のことを「とうと」と呼ぶようになったそうです。

 

 

古い時代をテーマにした映画の中で父親を「トト」とか「トトさま」と呼ぶのはその名残り。

そして時代が少し変わり、「おとさん」や「おっとさん」と呼ぶようになり、今の「おとうさん」へと続いてきた。らしい。

 

ここで出てくる「と」はすべて「尊い」と意味なんですね。

家族のために毎日頑張ってくれる「おとうさん」、

怖いこと大変なことから守ってくれる「おとうさん」、

そんな頼りになる存在である「おとうさん」を敬う気持ちが含まれていたんです。

 

そういう意味があるってことを知るだけで、言葉に込める気持ちが変わってくるんじゃないでしょうか。

もちろん、過去のことだから本当のことはわからない。いあわゆる「諸説あります」ってやつです。
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【感動エピソード】耳の聞こえないおばあちゃんと猫の出会い

数年前に話題になったこちらの写真、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

◆ニャンコとおばあちゃんとの出会い

ある日、自宅の納屋で野良猫が産み落としていった子猫たちを発見したみさおさん。

初めのうちはそっと見守っていましたが、残念ながら子猫たちは次々と亡くなってしまいました。

そして最後に残った白猫が1匹、寂しそうにしているのを見て、飼うことに決めたそうです。
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みさおさんは、その猫を「ふくまる」と名付けました。

「福の神様が来て、全てが丸く治まるように」という意味を込めて…

以来、ふたりはご飯を食べる時や寝る時はもちろん、畑仕事や庭でくつろぐ時も、どこへ行くのも一緒♪

その幸せいっぱいの写真の数々…


ふたりともとても幸せそうな日常を送っているようで、見ているこちらも心が和みますね。

しかし、ふくまるは実はある障がいを抱えていました。

それは、聴覚障がい。

ふくまるは、生まれつき耳が聞こえません。

そしてまた、みさおさんも年を取るにつれて耳が遠くなってきています。

そんなふたりのコミュニケーションは、アイコンタクト。

お互い不自由は全く感じていません。

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この暮らしがずっと続けばいいな…

きっとそんな風に思っていた事でしょう。

しかし、それはかなわぬ夢。

別れはいつか必ず訪れます。

「猫の日」に旅立ったふくまる…

『今日は感謝と共に、お知らせしたい事があります。

写真の通り、ふくまるがお空へ旅立って行きました。

11歳でした。まだまだ生きれる年齢でした。

と言いましても1年前の2月22日の事です。なんと猫の日に。

家族みんなの意向もあり1周忌を終えるまではお知らせを控えていました。

「ふくまるは元気だよ」と嘘をついていてごめんなさい。

ふくまるさんは実は長年、腎不全と闘ってきました。』

(フェイスブックから)

2人を撮り続けたカメラマンであり、みさおさんの孫娘である伊原美代子さんのFacebookでふくまるの訃報が知らされ、日本だけではなく、世界中の人々が涙し、多くのコメントが寄せられました。

『皆様

ふくまるへのお言葉ありがとうございました。

ふくまるは死んでしまいましたが、

死によって全てが終わってしまう訳ではないと思います。

写真は永遠と感じています。

たくさんの写真を撮らせてくれたふくまる。

まだまだ皆さんに見て頂きたい写真がたくさんあります。

ばばちゃんの畑でも、命が朽ちても栄養となり、

また植物が芽を出し実ります。

姿や形を変えて生き続けています。

死は終わりではない。

ふくまるはそう私に教えてくれたように思います。』

(フェイスブックから)
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マクドナルドの灯りで勉強する9才少年 〜ある医学生の心を動かした男の子〜

フィリピン、マンダウエ大学の学生ジョイス・トレフランカさんが、Facebookに少年の写真を投稿した時、この少年の人生にすぐに影響を及ぼすとは考えていなかった。

6月23日、トレフランカさんは、セブ島の歩道でデーブル代わりのスツールを使って勉強している少年の写真を投稿した。

数日経って、トレフランカさんの投稿はネット上で拡散し、フィリピンのテレビ局「ABS-CBN」 がこの少年を追跡した。

ABS-CBNは何とかこの少年を特定した。撮影されたマクドナルドの近くにある店にいるダニエル・カブレラ君(9)だという。ダニエル君の母、クリスティーナ・エスピノーサさんはその店の従業員だった。
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AFPによると、エスピノーサさんは2013年に夫を亡くし、3人の子供がいる。5年前に掘っ立て小屋のような家が破壊されて以来、店に住んでいるという。エスピノーサさんの収入はお店の仕事と家政婦の掛け持ちで1日80ペソ(約218円)だ。

家族には数限りない試練があるが、エスピノーサさんによると、3年生のダニエルくんはいつも勉強熱心な子供だという。

「ダニエルはとても勉強好きで、しっかりした子供です。お昼ごはんのお金を私があげられなくても、学校に行きたいと言うような子なんです」。エスピノーサさんはAFPにこう語った。「いつも私に言うんです。『ママ、貧乏のままでいたくない。夢をかなえたいんだ』」

少年には今、喉から手が出るほど欲しかった救いの手が与えられようとしている。

エスピノーサさんによると、この数日家族のもとに寄付、そして学用品などのプレゼントの申し出が次々と舞い込んでいるという。

ABS-CBNによると、地元のサミュエル・パグディラオ議員がダニエル君に奨学金を提供したほか、エスピローサさんも自分の店を始められるように、スポンサーの資金提供を受けたという。

「私たちは大喜びです。この恩恵をどのように受けていいのか分かりません」とエスピノーサさんはAFPに語った。「もう、ダニエルは勉強をやめる苦痛を味わうことはありません」
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トレフランカさんは1枚の「ただの写真」がこんな「大きな変化」を生んだことにとても驚いているという。

「シェアしてくれた皆さん、ありがとう」。彼女はFacebookにこう書いた。「シェアしてくれたことで、私たちはダニエル君が夢をかなえるお手伝いができました。ダニエル君の話が私たちの心に火を灯し、いつも私たちが生きていく中で直面するどんな場面からでもインスパイアされ、行動を起こすきっかけを作り続けることを願います」

ダニエル君は、ラジオ局「DZMM」のインタビューで、自分の夢は将来警察官になることだと語った。

「僕は……フィリピン人を助けたいんです」
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【涙腺崩壊】同じ日、同じベッドで死を迎えた老夫婦〜永遠に変わらない愛情〜

75年間ずっと一緒に生きてきた老夫婦が、
同じ日に死を迎えました。

カリフォルニア州に住む、妻のジャネットさん(96才)と
、夫のアレクサンダーさん(95才)。

二人の出会いは、8歳の頃でした。

お互い友達として出会い、
友情も恋も芽生えていきました。

やがて、二人は1940年に結婚し、
5人の子供に恵まれます。


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アレクサンダーさんが第2次世界大戦に参戦したとき以外、
二人が離れていたことは一度もなかったそうです。

それに、アレクサンダーさんはいつも、
ジャネットさんの写真を持ち歩いているほど、
妻をとても愛している夫でした。

しかしある日、
アレクサンダーさんが転んでしまったときに、
大腿骨を骨折。

そのまま起き上がれなくなってしまったのです。

それ以来、健康は悪化していくばかり…。
ジャネットさんは覚悟を決めていたのかもしれません。

二人は、この言葉をよく話していたそうです。

「同じベッドの上、お互いの腕の中で手を組んで死にたい。」

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その願い通り、二人は同じベッドで一緒に死を迎えました。

先に旅立ったのは、アレクサンダーさんでした。

娘のエイミーが、お父さんが亡くなったことを伝えると、
ジャネットさんは夫へこう話したそうです。

『あなたが望んでいた願いが叶いましたね、
私の腕の中で死ぬこと。本当に愛してるわ。
少しだけ待ってて、すぐ行くわ。』

エイミーは、母と父がお別れを言う時間だと思い、
席を外したそうです。

その後、一日が立つ前に、
ジャネットさんも夫と向かい合ったまま、
亡くなりました。お互いの願いが叶った二人。

「一生の間、二人で一つの心臓を持っているかのように、
一心同体でした。」とエイミーは話しました。

同じ日に、同じベッドの上で。

二人の姿にホスピスの看護師さんも、本当に信じられないことが起きたと驚いていたそうです。

8歳からの出会い、最後まで変わらなかったお互いへの愛情。映画のような二人の美しい人生に、とても感動させられます。きっと天国でも、お互い見つめ合いながら微笑んでいるような気がします。

出典Couple married 75 years dies in each other’s arms

【感動実話】アフリカの野生動物に育てられた女の子の眼差しと笑顔にグッと来る

自然写真家の両親を持つ女の子、ティッピ。

ティッピの両親は、
彼女がまだ生まれる前に故郷のフランスから
アフリカのナミビアに引っ越しました。

ナミビアにはライオンやトラ、チーターなどの
どう猛な動物たちが生息していますが、
両親はそこでティッピを野生の動物たちとともに育てることにしたのです。

 
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写真家の両親がこれまでに撮影してきたティッピの
写真からは、学校や社会のしがらみに捕われることなく、
たくましく成長していくティッピの様子が伝わってきます。

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参照:Elite Daily
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「お母さん、なんであの人は手ないん?」

突然だけど、母親のこと子供にどう話してる?

俺の娘は今年4歳になるが、嫁は娘を生んですぐに
家を飛び出したので、子供には母親の記憶はない。

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今まで母親のことはあまり話題にせず避けてきたんだが、
こないだちょっと考えさせられる出来事があった。

仕事の移動中に乗った電車の中でのこと。

俺の隣には、幼稚園くらいの女の子が、
母親らしい若い女性と一緒に乗っていた。

途中、駅で片腕のない女性が乗ってきて、
俺達の向かい側に座った。

女の子が「お母さん、なんであの人は手ないん?」と、
みんなに聞こえる声で言ったので、
俺は一瞬ドキっとして、女性と親子から思わず目をそらした。

が、母親らしき女性は慌てることなく、女の子に向かって言った。

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母親「いろんな人がいるの。みんなが同じじゃないの。
○○ちゃんにはおじいちゃんとおばあちゃんがいないでしょう?」

女の子「うん、みんなはおるけど私はおじいちゃんとかおらへんねんなー」

母親「うん、いろんな人がおるけど、おじいちゃんやおばあちゃんがいないのは、
○○ちゃんのせいじゃないでしょ?」

女の子「うん、違う。あ、△△ちゃんとこはお父さんおらへんねんで」

母親「そうね、でも、それは△△ちゃんのせいじゃないよね」

女の子「うん、違う!」

母親「だからね、みんなおんなじじゃないの。みんなそれぞれ、持ってるものと、
持ってないものがあるんよ。でもね、持ってないからって、その人は何も悪くないし、
他の人と何も違わないんよ」

腕のない女性を含めて、車内に乗り合わせていた人たちは
みんな暖かい目でその親子を見守っていた。

思わず目をそらしてしまった自分が恥ずかしくなった。
自分の娘にも、母親のことを恥じない子に
育って欲しいと思った。

この電車の親子は、俺に子育ての
大事なことを教えてくれた気がする。
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