日本では母親のことを「おかあさん」と呼ぶ理由

突然ですが、なぜ日本人は「母親」のことを「おかあさん」、「父親」のことを
「おとうさん」と呼ぶのでしょうか?

 

そこにはちゃんと意味があって、理由があります。

もちろんその始まりは過去のこと。

大昔のことだから本当に正しいかどうかなんて誰にもわかりません。

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なぜ「おかあさん」「おとうさん」と呼ぶかについてもそう。

「日本人」ってどんな人?という質問についてもそう。

「日本に住んでる人」と答えることが多いかもしれませんが、「じゃあ日本て何?」と聞かれた時にどれだけ説明できるでしょうか。

 

海外では「ジャパン」と呼ばれている国をなぜ日本人は「ニホン(ニッポン)」と呼ぶのでしょうか?その質問に答えらえるでしょうか。

 

正解じゃなくてもいいから、親や教育者、保育者が「一つの解答例」を示してあげることで、子どもが「考える力」を養うきっかけになり成長していくはずです。

 

そのためにはまず、親や教育者、保育者自身が考え、「こういう考え方もあるんだよ」ということを示してあげることが大切なんじゃないでしょうか?

 

それではなぜ、母親のことを「お母さん」と呼ぶのか?

 

それは、
日本人は古代から、太陽を信仰する民だった。
天照大神は、太陽の神様だ。
日本の国旗は日の丸。太陽を表している。

昔々、日本の古代人は、太陽のことを、「カッカッ」と呼んだそうだ。
それが、「カアカア」になり「カカ」になった。

母親のことを、
「カカさま」というけど、あれは、ここからきていると言う。

つまり、
母親というのは、ぼくたちに命を授けてくれた太陽のような存在なんだという意味だ。
すごいね。
なるほどだね。

ここから、「おかあさん」というのはきたということだ。

子どもは、
太陽に手を合わせるような気持ちで「おかあさん」と呼ぶわけだ。

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ちなみに、なぜ父親のことを「お父さん」と呼ぶのか。

「おとうさん」は昔、「とうと」と呼ばれていたそう。

昔の女性たちは思いました。

夫は、自分や子どものために一生懸命外へ働きに出て、

生活の糧を持ってきてくれる。今で言えばお金ですね。

 

 

そして、悪い奴ら乱暴な奴らが来ると立ち向かって追い払ってくれる存在。

「あぁ、夫はなんて尊(とうと)い存在なんだろう」と。

その「尊(とうと)」から、夫のことを「とうと」と呼ぶようになったそうです。

 

 

古い時代をテーマにした映画の中で父親を「トト」とか「トトさま」と呼ぶのはその名残り。

そして時代が少し変わり、「おとさん」や「おっとさん」と呼ぶようになり、今の「おとうさん」へと続いてきた。らしい。

 

ここで出てくる「と」はすべて「尊い」と意味なんですね。

家族のために毎日頑張ってくれる「おとうさん」、

怖いこと大変なことから守ってくれる「おとうさん」、

そんな頼りになる存在である「おとうさん」を敬う気持ちが含まれていたんです。

 

そういう意味があるってことを知るだけで、言葉に込める気持ちが変わってくるんじゃないでしょうか。

もちろん、過去のことだから本当のことはわからない。いあわゆる「諸説あります」ってやつです。
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人生にちょっとだけ疲れたあなたに贈る「美輪明宏の名言」

美輪明宏さんの名言

【人間関係に関する名言】
人間関係で一番大事なのは、腹八分ではなくて腹六分。夫婦、恋人、親子、仕事関係、すべて腹六分でお付き合いを。親しき仲にも礼儀あり。
清き川に清き水は流れる。心が美しい人と付き合いたければ、まず自分の心を磨くこと。
職場でも家庭でも、付き合いは気品を持って、良い人間同士でいること。君子の交わりは淡き水の如し。

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嫌な思いをすると、やり返したくなるもの。優しさで帳消しにすれば、自分が気持ちいい。
悪口を言われたら柳に風と受け流す。自分が清らかで優しければ「念返し」で悪い念は相手に戻る。
人の悪口を言えば自分も不愉快になる。 嫌な人はどこにでもいます。 見ざる 聞かざる 言わざるが楽。
自分は誤解されやすいと思ったら、言葉が足りているかどうか反省してみる。思いが正確に伝わるように言葉を尽くしてますか?
言葉が足りないのは本を読まないから。美しい言葉に触れ素敵な表現を自分の中にストックする。意思の疎通は言葉ありき。
自分に思いやりが足りない人ほど相手に思いやりを求める。自分の言葉が相手を傷つけていないか、まず反省してみる事。
カスの相手をしている時間なんて、もったいないでしょ。「そんな人たちは、私の人生になんの傷も与えられない」と思える強さを身につけることが大切です。
【人生や運命に関する名言】
野に咲く花にも役目があります。この世に必要でない人はいません。それに気付くかどうか。それが大事なのです。
人生はロマン。自分は不幸だと悩むのではなく、試練を与えられた物語の主人公だと思えば、人生をエンジョイできる。
どんなトラブルが起きても微動だにしない。そんなレベルに達するまで人生の修行は続きます。弱音を吐かず覚悟を決めて。
宿命とは人生の青写真・設計図。心がけ次第で設計変更できるもの。その設計図を自分の意思と力で実現していくのが運命。運命は自分で切り開く。
心が悪くなる事もある。しかし、そこで反省すればいい。その繰り返しで魂は向上していく。
目の前にいる人を救うために何ができるか考える。神様の目をまっすぐに見つめて胸を張れる生き方。それが揺ぎない信念。
人生、いくら扉をたたいても開かないことがある。その時は、神様が自分の内容を肥やすために与えてくれた時間だと思って、知識を育てたりして中身を膨らませることにあててみることね。
おいしくて体に悪いものを食べて病気になるか、まずくても体に良いものを食べて健康でいるか。食べ物も人間関係も同じ。
お父さんの欠点ばかりが目に付くのは、父親として見ているだけだから。お父さんも一人の人間。

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【家族に関する名言】
親が悪口を言い合えばそのまま子供にインプットされる。親が暴力をふるえば子供も暴力をふるう。三つ子の魂百まで。
親が死んでも子供が一人で生きていけるよう、厳しく接するのも愛情。可愛い子には旅をさせよ。
親が子供に恥ずかしくない生き様を見せるのが、何よりの教育。子供は、親の背中を見て育つ。

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故.赤塚不二夫の告別式で白紙を読み上げたタモリの伝説の弔辞 

故.赤塚不二夫の告別式で

「私もあなたの数多くの作品の一つです」

との弔辞を読み上げた。

この弔辞は7分56秒にも及ぶものであり、手にしていた紙を何度も見ながら時折涙声で読んでいたが、

実際にはその紙は全くの「白紙」で、何も書いていなかったとの報道が一部でなされた。
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その伝説の弔辞をご覧下さい↓↓↓

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「食欲でたら食いに来いよ!待ってるぞ!」松本人志が吉本を辞めていく後輩へ送った言葉が「理想の先輩」と大反響!

「待ってるぞ!」松本人志が辞める後輩へ送った言葉が大反響…「理想の先輩」

▼記事によると…

・お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志(54)が10日、自身のツイッターを更新。事務所を辞めるという報告をしに来た後輩とのエピソードを明かし、大きな反響を呼んでいる。

・このツイートが投稿されると大きな反響を呼び、およそ半日で1万件以上のリツイート、14万件近い「いいね!」が集まった。また、ファンからは「理想の先輩」「事務所にこんな先輩がいたらすごくうれしい」「まっちゃん、リスペクトです」などのコメントが寄せられている。

2018年6月11日 11時4分
http://news.livedoor.com/article/detail/14846019/

↓↓↓

松本人志さんのツイート

吉本を辞めていく後輩が楽屋に挨拶に来た。

うなぎ弁当を勧めたが食欲がないと断られた(笑)

もったいないからオレが食べた。

おい!うなぎ弁当めちゃくちゃ美味かったぞ!

食欲でたら食いに来いよ!待ってるぞ!

 
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ダウンタウンは、浜田雅功と松本人志からなる日本のお笑いコンビ、司会者。よしもとクリエイティブ・エージェンシー 所属。NSC1期生。冠番組を多く持ち、とんねるず、ウッチャンナンチャンとともに、お笑い第三世代として数えられる。 2人とも兵庫県尼崎市出身。
活動開始: 1982年
ダウンタウン – Wikipedia

twitterの反応

 

 

▼ネット上のコメント

・懐が深いのぅ、うなぎの旨味ぐらい深い。

・さすが、やさしさライセンス持ってるだけの事はありますね

・優しいな~ 松本さんには芸能界はいい場所かもしれないけど後輩さんには地獄だったのかもしれない。次の世界で花を咲かして欲しいです。お疲れ様でした。

・辞めても、そんな風に言ってくれる事務所の先輩がいてくれて救われてると思います。良い先輩…😢

・その後輩さんもこれを見て嬉し泣きしてはるかも知れませんね。

・そろそろバイキングの坂上忍による 芸人潰し 止めれないんですか?

・そういえば昔、松本さんは「芸人はみんな運命共同体みたいなところがある」って仰ってましたよね。 やさしくなきゃ笑いは生み出せませんね。 感謝。

・松ちゃんそんな心がある人だった!?

・最後のなんか深い…

・心に、響きますね…

・私もいつか人志さんみたいな先輩になりたい
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【涙腺崩壊】「父親の娘に対する深い愛情に思わず涙するCM」

披露宴もいよいよ終盤。

嫁に行く娘に、父親が捧げたのは・・・

不器用な父親の娘への愛情が伝わってきます。

電車の中では見ない方が、良いかもしれません。

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感動のCMはこちらから↓↓↓

出典元:「株式会社 東山堂 音教事業部のCM」

【感動動画】ヒツジの親子の絆に涙があふれる


ヒツジの親子の心温まるショートアニメです。

子羊を亡くしてから悲しみに明け暮れる母羊。

そんな母羊を心配して、

もうすぐ天国に向かう子羊が最期に取った行動とは・・・

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感動の動画はこちらから↓↓↓

【涙腺崩壊】東日本大震災後に、遺体を拭った警察学校生

警察官の卵として初めての仕事は、
収容された遺体をきれいに拭くことだった。

東日本大震災で甚大な被害が出た宮城県。

人手が足りない県警は警察学校生を現場に
駆り出した。

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髪の泥を拭った女の子の遺体、
母親から差し出された小さな男の子…。

「警察官の仕事の重さを知った」。

厳しい現場を経た“卵”は今、
使命感を胸に、警察官として現場で
不明者の捜索やパトロールを続けている。

震災から3日後の3月14日夕方、
竹谷信宏さん(25)=現巡査=を含む
41人の宮城県警察学校生に教官から
思いもよらぬ命令が下された。

「明日から検視の仕事を手伝ってもらう」。

学校生たちはそれまで、
宮城県名取市の高台にある警察学校に
避難してきた人の世話などに当たっていた。

”覚悟していたが”

竹谷さんは「警察官になった以上、
遺体と接することは覚悟していたが、
まさかこんなに早くとは…。

『遺体はどんな状態なんだろうか』

『苦しそうな表情をしているのだろうか』。

前日の夜は恐怖心で眠れなかった」と話す。

翌日、収容所でいきなり言葉を失った。

最初に対峙した遺体はまだ5~6歳の女の子。

悲しみを通り越してしまうほどの
衝撃を受けた。

厳しい寒さの中、
黙々と水でぬらしたタオルで体と髪に
付いた泥を拭った。

竹谷さんとペアを組んだ警察学校生の
女性は涙をこぼしていた。

検視の手伝いは約半月続き、
70~80人の遺体をきれいにした。

中でも竹谷さんのまぶたに
焼き付いている光景がある。

仕事中に声をかけられ振り向くと、
放心状態の女性がたたずんでいた。

両腕に3~4歳くらいの男の子の
遺体を抱えていた。

「息子なんです。
きれいにしていただけませんか」

やり場のない悔しさを感じながら、
少しでもきれいにしてあげようと丁寧に体を拭き、納棺師に引き渡した。

このとき、
警察官の仕事の重さと
奥深さを感じたという。
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「地元の治安守る」

子供のころに警察車両の展示会で
「かっこいい」と思って以来、
ずっと警察官に憧れ続けた竹谷さん。

地元の大学を出て、
一度は神奈川県警の試験に合格したものの、
「どうしても地元の治安を守りたい」と
宮城県警の試験を受け続けたという。

3月末、警察学校を卒業。

岩沼署地域課増田交番に配属された。

岩沼署は今回の震災で
計6人が殉職するほど
被害が大きい地域だ。

朝7時に出勤し、明るいうちは不明者の捜索、
夜はパトロール、翌日昼過ぎに寮に
帰って寝て、また翌朝7時に
出勤という過酷な毎日が続く。

休日はこれまで1日もなく、
体力は限界を超えている。

それでも、
「住民の方から
『ごくろうさま』
『ありがとう』
といわれると力がわいてくる」。

いつ街が元の姿に戻るのか、
想像もつかないが、

「とにかくやるしかない。
一人でも多くの不明者を見つけたい」

とがれきに立ち向かっている。
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【涙腺崩壊】ガンを発症した彼女に思い出の場所でプロポーズ。彼女が思わず涙した理由とは?

2015年5月31日(日)、毎年恒例となったアイプリモ×千葉ロッテマリーンズ「始球式プロポーズ」が行われました。

 

多くの応募者の中から選ばれた男性は、花島工真さん、25歳。小学生の頃から現在まで16年間野球一筋でプレーをしてきた花島さんは現在も野球製品のメーカーに勤務されている生粋の野球好き。
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そんな花島さんがサプライズプロポーズをするお相手は交際7年目になる舘石彩さん。2人とも千葉県出身で千葉ロッテマリーンズの大ファン。これまで一緒に観戦に訪れるだけではなく学生時代には共にQVCマリンフィールドでアルバイトをしていたそうです。

始球式プロポーズに応募した理由は…

実は彼女の彩さんは約1年前に「骨肉種」という骨にできるガンが発覚。手術と抗がん剤治療で一度は回復に向かいましたが、約1ヶ月前に再発。その時に花島さんのことを思った彩さんから「もう一緒にいない方がいい」「もう別れた方がいい」と言われたそうです。

事前インタビューでは「好きな彼女が病気になっただけで、だからといって自分の気持ちは何も変わらない。これからもずっと一緒にいるし、ただ一緒に乗り越えていくだけです。それを伝えたことはあるけれど、プロポーズという形でもう一度しっかりと示して彼女に安心してもらいたい。」と話してくれました。

そしてプロポーズをするのは、二人の思い出の場所であるQVCマリンスタジアムでの始球式プロポーズしかない、と応募を決意したそう。

2人の思い出の場所でプロポーズ

何も知らない彩さんは、ただロッテの試合観戦に誘われたと思い楽しそうに観客席で試合開始を待っていました。そこへ、始球式プロポーズのイベントが開催のアナウンスと共に彼と自分の名前が呼ばれ、ビジョンには隣にいる彼の姿が映し出されました。

まさかのサプライズに驚く彩さん…

花島さんの男気溢れるプロポーズ企画。それは…
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「びっくりさせてしまってごめんなさい。そして病気のこともこんなにたくさんの人の前で打ち明けてしまってごめんなさい。でも僕の決意をしっかりと見てほしくて、今日ここで始球式をさせてもらいます。もし僕が今江選手からストライクを取ることが出来たら、プロポーズさせて下さい!」

そして、思いを込めて投球…

現在も野球をしている花島さんは直球ストレートで全力投球!今江選手は大きく空振りをして、見事ストライクを取ることが出来ました。

そして、花島さんがマイクを握ります…。

「いつも僕には支えてくれてありがとうって言ってくれるけど、正直僕は自分の方が支えられていると思っています。これからもずっと一緒にいてください。結婚してください。」

プロポーズを受けた彩さんは目に涙を浮かべ声を詰まらせながら「よろしくお願いします」と答えました。

プロポーズ成功!そして…

そして観客席には、工真さんが彩さんに内緒で呼んでいた二人のご両親と友人の姿が。ご両親もスタンドから目に涙を浮かべて嬉しそうに見守っていました。

 

2人がファンだという今江選手からはお祝いのメッセージと始球式の際に振ったバッドが贈られ、約2万6千人の観客からは盛大なお祝いの拍手が贈られました。


まさかプロポーズされるとは思っていなかったのでびっくりした…という彩さん。

「いつも支えてもらってばかりだと思っていたけれど、“いつも支えてくれてありがとう”って言ってくれたのですごく嬉しかったです。まずは病気を治して、幸せにゆっくり過ごしていきたいです。」とコメント。

この日千葉ロッテマリーンズは快勝。2人の門出をお祝いしてくれているようでした。工真さん、彩さん、本当におめでとうございます。末永くお幸せに。
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【感動エピソード】耳の聞こえないおばあちゃんと猫の出会い

数年前に話題になったこちらの写真、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

◆ニャンコとおばあちゃんとの出会い

ある日、自宅の納屋で野良猫が産み落としていった子猫たちを発見したみさおさん。

初めのうちはそっと見守っていましたが、残念ながら子猫たちは次々と亡くなってしまいました。

そして最後に残った白猫が1匹、寂しそうにしているのを見て、飼うことに決めたそうです。
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みさおさんは、その猫を「ふくまる」と名付けました。

「福の神様が来て、全てが丸く治まるように」という意味を込めて…

以来、ふたりはご飯を食べる時や寝る時はもちろん、畑仕事や庭でくつろぐ時も、どこへ行くのも一緒♪

その幸せいっぱいの写真の数々…


ふたりともとても幸せそうな日常を送っているようで、見ているこちらも心が和みますね。

しかし、ふくまるは実はある障がいを抱えていました。

それは、聴覚障がい。

ふくまるは、生まれつき耳が聞こえません。

そしてまた、みさおさんも年を取るにつれて耳が遠くなってきています。

そんなふたりのコミュニケーションは、アイコンタクト。

お互い不自由は全く感じていません。

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この暮らしがずっと続けばいいな…

きっとそんな風に思っていた事でしょう。

しかし、それはかなわぬ夢。

別れはいつか必ず訪れます。

「猫の日」に旅立ったふくまる…

『今日は感謝と共に、お知らせしたい事があります。

写真の通り、ふくまるがお空へ旅立って行きました。

11歳でした。まだまだ生きれる年齢でした。

と言いましても1年前の2月22日の事です。なんと猫の日に。

家族みんなの意向もあり1周忌を終えるまではお知らせを控えていました。

「ふくまるは元気だよ」と嘘をついていてごめんなさい。

ふくまるさんは実は長年、腎不全と闘ってきました。』

(フェイスブックから)

2人を撮り続けたカメラマンであり、みさおさんの孫娘である伊原美代子さんのFacebookでふくまるの訃報が知らされ、日本だけではなく、世界中の人々が涙し、多くのコメントが寄せられました。

『皆様

ふくまるへのお言葉ありがとうございました。

ふくまるは死んでしまいましたが、

死によって全てが終わってしまう訳ではないと思います。

写真は永遠と感じています。

たくさんの写真を撮らせてくれたふくまる。

まだまだ皆さんに見て頂きたい写真がたくさんあります。

ばばちゃんの畑でも、命が朽ちても栄養となり、

また植物が芽を出し実ります。

姿や形を変えて生き続けています。

死は終わりではない。

ふくまるはそう私に教えてくれたように思います。』

(フェイスブックから)
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マクドナルドの灯りで勉強する9才少年 〜ある医学生の心を動かした男の子〜

フィリピン、マンダウエ大学の学生ジョイス・トレフランカさんが、Facebookに少年の写真を投稿した時、この少年の人生にすぐに影響を及ぼすとは考えていなかった。

6月23日、トレフランカさんは、セブ島の歩道でデーブル代わりのスツールを使って勉強している少年の写真を投稿した。

数日経って、トレフランカさんの投稿はネット上で拡散し、フィリピンのテレビ局「ABS-CBN」 がこの少年を追跡した。

ABS-CBNは何とかこの少年を特定した。撮影されたマクドナルドの近くにある店にいるダニエル・カブレラ君(9)だという。ダニエル君の母、クリスティーナ・エスピノーサさんはその店の従業員だった。
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AFPによると、エスピノーサさんは2013年に夫を亡くし、3人の子供がいる。5年前に掘っ立て小屋のような家が破壊されて以来、店に住んでいるという。エスピノーサさんの収入はお店の仕事と家政婦の掛け持ちで1日80ペソ(約218円)だ。

家族には数限りない試練があるが、エスピノーサさんによると、3年生のダニエルくんはいつも勉強熱心な子供だという。

「ダニエルはとても勉強好きで、しっかりした子供です。お昼ごはんのお金を私があげられなくても、学校に行きたいと言うような子なんです」。エスピノーサさんはAFPにこう語った。「いつも私に言うんです。『ママ、貧乏のままでいたくない。夢をかなえたいんだ』」

少年には今、喉から手が出るほど欲しかった救いの手が与えられようとしている。

エスピノーサさんによると、この数日家族のもとに寄付、そして学用品などのプレゼントの申し出が次々と舞い込んでいるという。

ABS-CBNによると、地元のサミュエル・パグディラオ議員がダニエル君に奨学金を提供したほか、エスピローサさんも自分の店を始められるように、スポンサーの資金提供を受けたという。

「私たちは大喜びです。この恩恵をどのように受けていいのか分かりません」とエスピノーサさんはAFPに語った。「もう、ダニエルは勉強をやめる苦痛を味わうことはありません」
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トレフランカさんは1枚の「ただの写真」がこんな「大きな変化」を生んだことにとても驚いているという。

「シェアしてくれた皆さん、ありがとう」。彼女はFacebookにこう書いた。「シェアしてくれたことで、私たちはダニエル君が夢をかなえるお手伝いができました。ダニエル君の話が私たちの心に火を灯し、いつも私たちが生きていく中で直面するどんな場面からでもインスパイアされ、行動を起こすきっかけを作り続けることを願います」

ダニエル君は、ラジオ局「DZMM」のインタビューで、自分の夢は将来警察官になることだと語った。

「僕は……フィリピン人を助けたいんです」
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