【感動】ガックリと肩を落とした医師の切なすぎる後ろ姿〜その理由に涙が止まらない〜

出典:Reddit

医者にとっては大勢の患者のうちの1人かもしれないが、患者にとって医者は自身の命を託す唯一の人である。

同じ命を預けるとしたら、これほどまでに責任感が強く、全力を注いでくれる医師に当たりたいものだと思わせる1枚の写真が、人々の心を鷲づかみにしている。
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それがこちらの写真▼

 

まだ若い患者を亡くし、打ちひしがれる緊急治療室(ER)の医師の後ろ姿をとらえている。

悲しみなのか悔しさなのかは不明だが、がっくりと肩を落とした医師の同僚が投稿したもので、同医師の健闘むなしく19歳の患者は亡くなったそうで、そのショックからか暗闇の中、彼は路上にへたり込みかろうじて片手で体を支えている。

同僚は次のようなコメントと共にくだんの写真を投稿している。「この様な状況は私たちの職場では珍しくはありませんが、大抵お亡くなりになるのは高齢であるか病気であるか、もしくはその両方である場合がほとんどです。今回亡くなったのは19歳の方ですが、時々こういった事例に遭遇することがあるのです」と…。
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この写真には多くの人々が胸を打たれたようで、以下のようなコメントが寄せられている。

昨年父を亡くしたときのことを思い出しました。胸に違和感を覚え病院に運ばれた際、お医者さんたちは「大丈夫ですよ」と励ましてくれました。しかし結局父は亡くなり、打ちひしがれる医師たちの姿を私はこの目で見ました。医者は報われない仕事だと思いましたが、彼らの優しさに対して感謝の言葉しかありません。
父もERのドクターでした。どんなに頑張っても患者を救うことができず、家に帰って母の腕の中で泣いていました。
私にはこの写真のドクターの気持ちが痛いほどわかります。悲しく暗い瞬間をとらえたものではありますが、私はこの仕事を選んで良かったと心から思います。名も知らぬ1人の医師への共感と、この投稿に対する皆さんのコメントを読んで、私たちのしていることには意味があると思えたからです。
ちなみにこの医師は、数分後には再び顔を上げ職場へと戻っていったという。
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【涙腺崩壊】ダウン症の娘が結婚式を挙げる日、父親が渡した手紙に心打たれる

ダウン症を持つ25歳の女性、ジリアンさん。彼女には、10年間ずっと交際してきたボーイフレンドのライアンさんがいます。二人ともダウン症を持っていますが、お互いの愛情は日々深くなるばかり。


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そうして、2015年6月27日に二人は結婚式を挙げることになります。

結婚式の日、ジリアンさんの父親であるポール・ドアティさんは娘へ心を込めた手紙を渡しました。

結婚式が始まる2時間前に書かれたこの手紙からは、ジリアンさんを育てながら感じた不安や心配、そして娘を想う父親の愛情が真っ直ぐ伝わってきます。

 

Dear Jillian(ジリアンへ。)

2015年6月27日、あなたの結婚式の日。 あなたはあと2時間で人生最良の日を迎えるでしょう。どれだけのダウン症の女性が、愛する人と結ばれているのか私にはわからないけど、君は今日その瞬間を迎えられます。

あなたは今、お母さんとブライズメイドと最後の支度をしています。 あなたの髪は綺麗にカールし、あなたが「キラキラ」と呼ぶその美しいドレスは、窓から降り注ぐ午後の日差しを受けてとても素敵です。そしてあなたのメイク、特にその真っ赤な口紅! 成長するにつれ、君がどんどんキレイになっていることを実感しています。あなたの笑顔はずっとずっと輝いています。

希望と夢が胸に迫る、この素晴らしい瞬間のために生きているような気持ちです。私の夢が現実となり、あなたは幸せになれる。それをこの窓の下で実感しています。あなたが生まれてから、あなたの学歴を心配したことはありませんでした。 先生とも仲間とも、良い関係を築くことができると信じていたからです。

私たちが出来なかったことと言えば、あなたを受け入れ、一緒に遊ぶ仲間を見つけてあげられなかったことです。お泊り会、友達のいない誕生日会など…。イベントがない君の生活について悩んでいました。

そして、12歳になったあなたが「私には友達がいない」と言った晩、私はひどく泣いてしまいました。
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世界中の親が子供の健康と幸せ、毎日を楽しく過ごせることを願っています。 これは当然のことなのに、私はあなたのことが心配でたまりませんでした。

でも心配することはなかった。 思い返してみれば、あなたは自然に人々と触れ合うようになり、小学校ではリーダーシップを発揮し、みんなに「市長!」と呼ばれていました。高校ではダンスのジュニア代表チームで踊ったし、大学にも4年間通い、多くの人と知り合いました。

みんなが「あなたには無理」と言ったことを覚えていますか? 自転車には乗れない、スポーツも無理、大学にも行けないだろうし、結婚なんてありえない…でもあなたは全部経験しているのです。

フィアンセのライアンには、いつでも優しくありなさい。とは言っても、あなたは既に素晴らしい女性です。この10年間そうしてきたように、これからもお互いを尊敬し合いながら仲良く生きていきなさい。

10年前、スーツを着た青年(ライアン)が「娘さんをパーティーに連れて行きたい」とやってきたとき、私の長年の不安は吹き飛びました。

今、あなたとライアンは困難な道を歩み始めます。これは新たなチャレンジになりますが、あなたのことですから、みんなを幸せにすることができるあなたですから、幸せはすぐにやってきます。

準備も終わり、ドアが開きました。 新たな世界に踏み出す私のかわいい娘。 一瞬にして胸がいっぱいになり「きれいだよ」と伝えるのが精いっぱいです。

ジリアンは「ありがとう」のあと「私はずっとあなたの娘よ」と言いました。

「ああ、そうさ」と私は答えました。 さあ、行こう。
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「この子は何もできない」周囲からそう言われてきたジリアンさん。しかし、彼女にできないことは何一つありません。

親が我が子を想う、計り知れないほどの愛情が感じられる彼の手紙に、たくさんの人が感動させられました。ポールさんの願い通り、ジリアンさんとライアンさんがこれからも幸せに暮らせることを願います。

 

 

世界のイチロー選手のグッとくる名言集

努力の天才といわれるイチロー選手。

数々の記録を塗り替えてもなお、ストイックに野球と向き合う姿勢に

憧れや尊敬の念を抱く人も多いかもしれません。

目標を見失ったり、夢を諦めかけたときに思い出したいイチロー選手の名言をまとめました。

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イチローの名言「自分」編

「誰よりも自分が(自分の活躍に)期待しています。自信がなければこの場にいません。プレッシャーがかかる選手であることが誇りです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「なにかを長期間成し遂げるためには考えや行動を一貫させる必要がある」
イチロー
オススメ度★★★★★

「なりふりかまわないで自分の行きたい道を進むこと」
イチロー
オススメ度★★★★★

「ハイレベルのスピードでプレイするために、僕は絶えず体と心の準備はしています。自分にとって最も大切なことは、試合前に完璧な準備をすることです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「パワーは要らないと思います。それより大事なのは 自分の『形』を持っているかどうかです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「決して、人が求める理想を求めません。人が笑ってほしいときに笑いません。自分が笑いたいから笑います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分のできることをとことんやってきたという意識があるかないか。それを実践してきた自分がいること、継続できたこと、そこに誇りを持つべき」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分を客観的に見て、やるべきことをやります。それは、どんなときにも変わらないものなのです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「特別なことをするためには普段の自分でいられることが大事です」
イチロー
オススメ度★★★★★

「練習で100%自分を作らないと打席に立つことは出来ません。自分の形を身に付けておかないと、どん底まで突き落とされます」
イチロー
オススメ度★★★★★

「チームに乗せてもらうことはありますが、そういう時は少ないのです。チームの流れとは別のところで、自分をコントロールしてきたつもりです」
イチロー
オススメ度★★★★

「チームの調子が悪くても自分が崩れることはありません」
イチロー
オススメ度★★★★

「僕は天才ではありません。 なぜかというと自分が、 どうしてヒットを打てるかを 説明できるからです」
イチロー
オススメ度★★★★

イチローの名言「他人」編
「自分を殺して相手に合わせることは、僕の性に合わない。まして上から色々言われて、納得せずにやるなんてナンセンスだと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「驚かれているならまだまだです。驚かれないようになりたいです」
イチロー
オススメ度★★★★

「自分のしたことに人が評価を下す、それは自由ですけれども、それによって自分が惑わされたくないのです」
イチロー
オススメ度★★★★

「人のアドバイスを聞いているようではどんどん悪いほうにいきます。周りは前のフォームがどうだったとか言いますが実はそんなことはたいしたことではないのです。精神的なものが大きいと思います。どうやって気分を替えるかとかそういうことが大事です」
イチロー
オススメ度★★★★

「相手が変えようとしてくるときに、自分も変わろうとすること、これが一番怖いと思います」
イチロー
オススメ度★★★★

「第三者の評価を意識した生き方はしたくない。自分が納得した生き方をしたい」
イチロー
オススメ度★★★★

「僕は仰木監督によって生き返らせてもらったと思っています。監督はたとえ数試合安打が出なくても、根気よく使ってくれました。その監督に感謝するためにも、いい成績を残したかった」
イチロー
オススメ度★★★★

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イチローの名言「思考」編

「(打率ではなく)ヒットを一本増やしたいとポジティブに考えるのです。そう思っていれば打席に立つのが楽しみになりますよね」
イチロー
オススメ度★★★★★

「グラウンドの上では自分の築きあげてきた技術に対する自信。今までやってきたことに対する自信。『やりたい』と思う強い気持ちが支えになります」
イチロー
オススメ度★★★★★

「ぼくのプレイヤーとしての評価はディフェンスや走塁を抜きにしては測れない。どの部分も人より秀でているわけではないし、すべてはバランスと考えています」
イチロー
オススメ度★★★★★

「まず自分の好きなことを見つける。そうすれば、自分を磨けるし、先へ進める」
イチロー
オススメ度★★★★★

「メンタルな部分が及ぼす肉体への影響は、とてつもなく大きい」
イチロー
オススメ度★★★★★

「何かをしようとした時、失敗を恐れないでやってください。失敗して負けてしまったら、その理由を考えて反省してください。必ず将来の役に立つと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分の思ったことをやりつづける事に後悔はありません。それでもし失敗しても後悔は絶対に無いはずですから」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分自身が何をしたいのかを忘れてはいけません」
イチロー
オススメ度★★★★★

「重圧がかかる選手であることは誇りに思う」
イチロー
オススメ度★★★★★

「少しずつ前に進んでいるという感覚は、人間としてすごく大事」
イチロー
オススメ度★★★★★

「常に、先の事を予測する習慣をつけることが大事」
イチロー
オススメ度★★★★★

「妥協は沢山してきた。自分に負けたこともいっぱいあります。ただ、野球に関してはそれがない」
イチロー
オススメ度★★★★★

「同じ練習をしていても、何を感じながらやっているかで全然結果は違ってくるわけです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「本物でないものはすぐに見破られます」
イチロー
オススメ度★★★★★

「グラブはもちろん身体の一部だと考えています。外野手だから長いグラブを使っているのですが、指先まで神経が通らないと、感覚が麻痺してボールが捕れない。グラブの先まで感じられるグラブでないとイヤです」
イチロー
オススメ度★★★★

「バットの木は 自然が何十年も掛けて育てています。僕のバットはこの自然の木から手作りで作られています。グローブも手作りの製品です。一度バットを投げた時、 非常に嫌な気持ちになりました。自然を大切にし、 作ってくれた人の気持ちを考えて 僕はバットを投げることも地面に叩きつけることもしません。プロとして道具を大事に扱うのは当然のことです」
イチロー
オススメ度★★★★

「汚いグラブでプレイしていたら、その練習は記憶には残りません。手入れをしたグラブで練習をしたことは、体に必ず残ります。記憶が体に残ってゆきます」
イチロー
オススメ度★★★★

「『楽しんでやれ』とよく言われますが、ぼくにはその意味がわかりません」
イチロー
オススメ度★★★★

「気持ちが落ちてしまうと、 それを肉体でカバーできませんが、 その逆はいくらでもあります」
イチロー
オススメ度★★★★

「考える労力を惜しむと前に進むことを止めてしまうことになります」
イチロー
オススメ度★★★★

「今、自分がやっていることが好きであるかどうか。それさえあれば自分を磨こうとするし、常に前に進もうとする自分がいるはず」
イチロー
オススメ度★★★★

「試合後はロッカーや車の中で気持ちの整理をします。いい結果も、悪い結果も家には持ちかえりません」
イチロー
オススメ度★★★★

「自分で無意識にやっていることを、もっと意識をしなければならない」
イチロー
オススメ度★★★★

「前向きに食事をし、前向きに買い物をした。何事も前向きに行動することが可能性を生む」
イチロー
オススメ度★★★★

 

イチローの名言「行動」編

「びっくりするような好プレーが、勝ちに結びつくことは少ないです。確実にこなさないといけないプレーを確実にこなせるチームは強いと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「やれることは全てやったし、手を抜いたことはありません。常にやれることをやろうとした自分がいたこと、それに対して準備した自分がいたことを誇りに思っています」
イチロー
オススメ度★★★★★

「準備というのは、言い訳の材料となり得るものを排除していく、そのために考え得るすべてのことをこなしていく」
イチロー
オススメ度★★★★★

「小さいことを積み重ねるのが、とんでもないところへ行くただひとつの道だと思っています」
イチロー
オススメ度★★★★★

「特別なことをするために特別なことをするのではない、特別なことをするために普段どおりの当たり前のことをする」
イチロー
オススメ度★★★★★

「僕はいつも一生懸命プレーしていますが、今日はよい結果が出なかった。でも、だからといって後悔もしていないし、恥ずかしいとも思っていません。なぜなら、できる限りの努力をしたからです」
イチロー
オススメ度★★★★★

イチローの名言「能力」編
「キライなことを やれと言われてやれる能力は、 後でかならず生きてきます」
イチロー
オススメ度★★★★★

「期待はいくらかけてもらっても構わないんですけど、僕は僕以上の力は出せないので、自分の力を目一杯出すしかないということですね」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分の器が広がっているとは感じていません。自分の能力をどれくらい発揮できるかが変わったと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「大切なのは、自分の持っているものを活かすこと。そう考えられるようになると、可能性が広がっていく」
イチロー
オススメ度★★★★★

「憧れを持ちすぎて、自分の可能性を潰してしまう人はたくさんいます。自分の持っている能力を活かすことができれば、可能性は広がると思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「僕は僕の能力を知っていますから、いくらでも先はあるんですよ。人の数字を目標にしているときというのは自分の限界より遙か手前を目指している可能性がありますけど、自分の数字を目指すというのは、常に限界への挑戦ですから」
イチロー
オススメ度★★★★★

「練習で作った形を100%としたら、70%や80%の力で結果を出さないといけません」
イチロー
オススメ度★★★★★

「自分のプレイに驚きはありません。プレイそのものは自分の力の範囲内です」
イチロー
オススメ度★★★★

「自分の限界を見てから、バットを置きたい」
イチロー
オススメ度★★★★

「手抜きをして存在できるもの 成立することがおかしい」
イチロー
オススメ度★★★★

イチローの名言「目標」編
「ここまで来て思うのは、まず手の届く目標を立て、ひとつひとつクリアしていけば最初は手が届かないと思っていた目標にもやがて手が届くようになる ということですね」
イチロー
オススメ度★★★★★

「しっかりと準備もしていないのに、目標を語る資格はない」
イチロー
オススメ度★★★★★

「プロ入りしたとき、2000本安打打てるようになれよとスカウトの方に声をかけてもらったことを思い出しますが、今日のことは、日づけが変わるまでには終わりたいと思います。次の目標は、次のヒットです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「ぼくが数字で満足することはあり得ません。なぜなら、数字が内容を反映しているとは限らないからです。目標を設定して、そこに到達すればそこで満足してしまって、先へ進む努力をしなくなるでしょう。毎打席、何かしら、学ぶべきこと改良すべきことがあります。満足は求めることの中にあるんです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「何かを達成した後は気持ちが抜けてしまうことが多いので、打った塁上では『次の打席が大事だ』と思っていました」
イチロー
オススメ度★★★★★

「苦しみを背負いながら、毎日小さなことを積み重ねて、記録を達成した。苦しいけれど、同時にドキドキ、ワクワクしながら挑戦することが勝負の世界の醍醐味」
イチロー
オススメ度★★★★★

「結果が出ない時、どういう自分でいられるか。決して諦めない姿勢が、何かを生み出すきっかけをつくる」
イチロー
オススメ度★★★★★

「結果を出せないと、この世界では生きていけません。プロセスは野球選手としてではなく人間をつくるために必要です」
イチロー
オススメ度★★★★★

「高い目標を成し遂げたいと思うなら、常に近い目標を持ちできればその次の目標も持っておくことです。それを省いて遠くに行こうとすれば、挫折感を味わうことになるでしょう。近くの目標を定めてこそギャップは少ないし、仮に届かなければ別のやり方でやろうと考えられる。高い所にいくには下から積み上げていかなければなりません」
イチロー
オススメ度★★★★★

「今、自分にできること。頑張ればできそうなこと。そういうことを積み重ねていかないと遠くの目標は近づいてこない」
イチロー
オススメ度★★★★★

「首位打者のタイトルは気にしない。順位なんて相手次第で左右されるものだから。
自分にとって大切なのは自分。だから1本1本重ねていくヒットの本数を、自分は大切にしている」
イチロー
オススメ度★★★★★

「世の中の常識を少しでも変えるっていうことは、人間としての生き甲斐でもありますから」
イチロー
オススメ度★★★★★

「想像していた以上でした。間違いなく一生忘れることのできない日、そして最も特別な日になるでしょう(中略)ただ今日のことは今日で終わり、日付が変われば、また次の日のことを考えなきゃいけないと思います」
イチロー
オススメ度★★★★★

「僕が数字で満足することはあり得ません。なぜなら、数字が内容を反映しているとは限らないからです。目標を設定してそこに到達すれば、そこで満足してしまって先へ進む努力をしなくなるでしょう。毎打席何かしら学ぶべきこと改良すべきことがあります。満足は求めることの中にあるんです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「僕は決して『打率4割』とは言わないんです。6割の失敗は許してやるわ、と。いつもそう言っているんです」
イチロー
オススメ度★★★★★

「夢は近づくと目標に変わる」
イチロー
オススメ度★★★★★

「夢や目標を達成するには1つしか方法がない。小さなことを積み重ねること」
イチロー
オススメ度★★★★★

「夢を掴むことというのは一気には出来ません。
小さなことを積み重ねることでいつの日か信じられないような力を出せるようになっていきます」
イチロー
オススメ度★★★★★

「現時点ではまったく考えられないことです。その目標は、まだ遠すぎます」
イチロー
オススメ度★★★★

「成功とはとても曖昧なものです。他人が思う成功を追いかける必要はありません」
イチロー
オススメ度★★★★

「成績は出ているから今の自分でいいんだ、という評価を自分でしてしまっていたら、今の自分はない」
イチロー
オススメ度★★★★

「他人が言う成功を追いかけ始めたら何が成功か分からなくなってしまいます」
イチロー
オススメ度★★★★

「他人の記録を塗り替えるのは7割、8割の力でも可能だが、自分の記録を塗り替えるには10以上の力が必要だ」
イチロー
オススメ度★★★★

「12年間で2000本安打を達成する」
イチロー
オススメ度★★★
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■「全くミスなしで間違いなしでそこに辿りついたとして、深みは出ない」
「合理的な考え方は凄く嫌い」。勝手にイチローは合理的な考えにしたがってトレーニングもプレーもしていると信じていた人間からするとこの発言には少々驚かされた。「合理的な考え方」の定義が凡人と違うのかもしれない。

イチローの「合理的な考え方」の定義は、「手っ取り早く成果を出すための考え方」ということなのかもしれない。だとすると、凡人が考えている「合理的考え方」というのは、イチロー基準でいうと「ドーピング(的考え方)」ということになる。

合理性を重視していそうなイメージのイチローですが、実は、「合理的な考え方」にも一流ならではのこだわりがあるようです。

「常に人に笑われてきた悔しい歴史が僕の中にはあるので、これからもそれをクリアしていきたいという思いはもちろんあります。」
2016年6月15日(日本時間16日)、マーリンズのイチロー外野手が、パドレス戦で日米通算4257安打(日本1278本、アメリカ2979安打)を記録。ピート・ローズが持っていた4256安打の歴代最多安打記録を塗り替えた。試合後の記者会見で、記者から「(アメリカでの安打数だけでローズの記録を抜く)あと1000いくつというのをアメリカで、というのは?」と尋ねられて、これまでの道のりを振り返りつつ、こうキッパリと答えた。

小学生のときにプロ野球選手を目指していたころも、大リーグに行くときに「首位打者になってみたい」と言ったときも「笑われた」と語ったイチロー。過去を語りながらも、未来への野望を表明しています。

 

■「合理的に考えすぎてムダの生じないような進み方をしようとすると、結局近づくことすらできない」

イチロー選手は「自分はいかにムダな時間を過ごすかということを大事にしているところがある」「最初からあるべき姿に到達するのは不可能で、まずはムダな時間を経験して、そこから削ぎ落としていくことによって、ようやく自分の行きたいところに近づけるのではないかと思う」という話をしています。

【涙腺崩壊】同じ日、同じベッドで死を迎えた老夫婦〜永遠に変わらない愛情〜

75年間ずっと一緒に生きてきた老夫婦が、
同じ日に死を迎えました。

カリフォルニア州に住む、妻のジャネットさん(96才)と
、夫のアレクサンダーさん(95才)。

二人の出会いは、8歳の頃でした。

お互い友達として出会い、
友情も恋も芽生えていきました。

やがて、二人は1940年に結婚し、
5人の子供に恵まれます。


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アレクサンダーさんが第2次世界大戦に参戦したとき以外、
二人が離れていたことは一度もなかったそうです。

それに、アレクサンダーさんはいつも、
ジャネットさんの写真を持ち歩いているほど、
妻をとても愛している夫でした。

しかしある日、
アレクサンダーさんが転んでしまったときに、
大腿骨を骨折。

そのまま起き上がれなくなってしまったのです。

それ以来、健康は悪化していくばかり…。
ジャネットさんは覚悟を決めていたのかもしれません。

二人は、この言葉をよく話していたそうです。

「同じベッドの上、お互いの腕の中で手を組んで死にたい。」

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その願い通り、二人は同じベッドで一緒に死を迎えました。

先に旅立ったのは、アレクサンダーさんでした。

娘のエイミーが、お父さんが亡くなったことを伝えると、
ジャネットさんは夫へこう話したそうです。

『あなたが望んでいた願いが叶いましたね、
私の腕の中で死ぬこと。本当に愛してるわ。
少しだけ待ってて、すぐ行くわ。』

エイミーは、母と父がお別れを言う時間だと思い、
席を外したそうです。

その後、一日が立つ前に、
ジャネットさんも夫と向かい合ったまま、
亡くなりました。お互いの願いが叶った二人。

「一生の間、二人で一つの心臓を持っているかのように、
一心同体でした。」とエイミーは話しました。

同じ日に、同じベッドの上で。

二人の姿にホスピスの看護師さんも、本当に信じられないことが起きたと驚いていたそうです。

8歳からの出会い、最後まで変わらなかったお互いへの愛情。映画のような二人の美しい人生に、とても感動させられます。きっと天国でも、お互い見つめ合いながら微笑んでいるような気がします。

出典Couple married 75 years dies in each other’s arms

【感動実話】アフリカの野生動物に育てられた女の子の眼差しと笑顔にグッと来る

自然写真家の両親を持つ女の子、ティッピ。

ティッピの両親は、
彼女がまだ生まれる前に故郷のフランスから
アフリカのナミビアに引っ越しました。

ナミビアにはライオンやトラ、チーターなどの
どう猛な動物たちが生息していますが、
両親はそこでティッピを野生の動物たちとともに育てることにしたのです。

 
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写真家の両親がこれまでに撮影してきたティッピの
写真からは、学校や社会のしがらみに捕われることなく、
たくましく成長していくティッピの様子が伝わってきます。

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参照:Elite Daily
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【全米が泣いた感動実話】ホームレス少女がハーバード大学へ


ホームレスだった少女がハーバード大学に入学した話を知っていますか?

アメリカ最貧の街と呼ばれる「サウスブロンクス」という地で生まれたリズ。

生まれつき家庭も貧しく、父親は無職で母親は薬物中毒という両親。

主な食事は水に溶かしただけのシリアルと満足な物は食べられませんでした。
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父は無職でしたが口癖のように「リズ、本を読め。学校には行けよ。」と言っていました。

そのため外のゴミくずをあさり、ボロボロになった本を読むのがリズにとっての楽しみでもありました。

ところが…さらなる不幸がリズに。

 

9歳のリズに訪れた不幸とは

当時なんとか生きながらえていたリズに、さらなる不幸が訪れました。

母は薬物中毒のため入院させられ、家庭では家賃が払えなくなりアパートを追い出されてしまうのです。

9歳だったリズは、その頃からホームレス生活をスタートすることに。

生きるために万引きもし、「お金ください」と物乞いもしました。

その後、リズの運命を大きく変える出来事が起きました。

母が死んだのです。

16歳のタイミングでホームレスとなった母と同じ年齢になったリズも同じような運命をたどるのかと

厳しい現実をつきつけられていました。

そんな時、ふとリズの頭をよぎったのが

「学校には行けよ。」という父の言葉でした。

 

人生を変える一歩を踏み出す

リズは、高校を卒業すれば何かが変わる。人生を変えたい。

そんな一心で入学金の要らない高校に入学を決心しました。

とはいえ、昨日までホームレスだった少女が授業についていけるはずなどなく、毎日勉強に打ち込むのでした。

日中は授業を受け、放課後は学費を稼ぐためにアルバイト、アルバイトが終わった後は授業に追いつくために深夜まで勉強。

そんな努力の甲斐あってか翌年には学年トップの成績に。

そして、成績優秀者のみが参加できるハーバード大学の見学にリズも参加したのです。

そこで見た光景は今まで見たこともない輝きを感じ、ハーバード大学への強い思いを持つのです。

 

ハーバード大学に行きたい

貧しいリズにとって、ハーバード大学に入るには奨学金を得るしか方法はありませんでした。

運良くニューヨークタイムズがその年から奨学金制度を始め、リズも面接をすることに。

面接は、「人生で克服しなければならない事」というテーマでスピーチするものでした。

そこでリズは、ホームレスであることなど自分の生い立ちを赤裸々に話したのです。

リズにとっての克服しなければならない事は、これまでの人生であることを本心から訴え、人生を変えたいと魂の叫びを伝えました。

そして….

奨学生発表の場にリズの姿がありました。

そうです。ハーバードへの切符をリズは掴んだのです。

そして、リズは壇上で「ハーバードに行きます。」そう強く決意表明しました。
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ハーバード入学後
リズは、入学後臨床心理学を専攻し、大学でも勉強に励みました。

そして卒業後は、自分と同じ境遇の人たちを助けようとホームレスが通える高校を設立したのです。

ホームレスという言葉では言い表せられない程の辛い人生を送ったからこそ伝えたい言葉があると言います。

人生は環境では決まらない。どんな人間になりたいか、その意思が未来を決めるのです。

いかがだったでしょうか。

このリズの大逆転劇は「Breaking Night」というタイトルで著書にもなっています。

過酷な日々でも決して自分の人生を諦めなかった感動のストーリーです。
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「お母さん、なんであの人は手ないん?」

突然だけど、母親のこと子供にどう話してる?

俺の娘は今年4歳になるが、嫁は娘を生んですぐに
家を飛び出したので、子供には母親の記憶はない。

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今まで母親のことはあまり話題にせず避けてきたんだが、
こないだちょっと考えさせられる出来事があった。

仕事の移動中に乗った電車の中でのこと。

俺の隣には、幼稚園くらいの女の子が、
母親らしい若い女性と一緒に乗っていた。

途中、駅で片腕のない女性が乗ってきて、
俺達の向かい側に座った。

女の子が「お母さん、なんであの人は手ないん?」と、
みんなに聞こえる声で言ったので、
俺は一瞬ドキっとして、女性と親子から思わず目をそらした。

が、母親らしき女性は慌てることなく、女の子に向かって言った。

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母親「いろんな人がいるの。みんなが同じじゃないの。
○○ちゃんにはおじいちゃんとおばあちゃんがいないでしょう?」

女の子「うん、みんなはおるけど私はおじいちゃんとかおらへんねんなー」

母親「うん、いろんな人がおるけど、おじいちゃんやおばあちゃんがいないのは、
○○ちゃんのせいじゃないでしょ?」

女の子「うん、違う。あ、△△ちゃんとこはお父さんおらへんねんで」

母親「そうね、でも、それは△△ちゃんのせいじゃないよね」

女の子「うん、違う!」

母親「だからね、みんなおんなじじゃないの。みんなそれぞれ、持ってるものと、
持ってないものがあるんよ。でもね、持ってないからって、その人は何も悪くないし、
他の人と何も違わないんよ」

腕のない女性を含めて、車内に乗り合わせていた人たちは
みんな暖かい目でその親子を見守っていた。

思わず目をそらしてしまった自分が恥ずかしくなった。
自分の娘にも、母親のことを恥じない子に
育って欲しいと思った。

この電車の親子は、俺に子育ての
大事なことを教えてくれた気がする。
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【感動実話】5歳で婚約をし、13歳で女性器切除されながらも、マサイ族の過酷な運命に立ち向かい、夢を叶えた女性

命の危険を伴う女性器の切除、まだ10歳にも満たない女の子の強制的な婚約。女性に教育を受ける権利が認められていないマサイ族では、ほかのアフリカ地域と同様、いまも古い慣習や制度によって、多くの女性が虐げられている現実があります。そんな中、同族の出身であるKakenya Ntaiya(カケンヤ・ンタイヤ) 氏は、故郷に女子校をつくるために立ち上がり、数々の苦難と戦い続けました。その末に彼女が手にした未来とは?
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彼らは背が高く、とても高くジャンプします。赤い衣装を身にまとい、ライオンを殺します。さて、何という民族かわかりますか? それは、マサイ族です。何がすごいって? 実は、私もマサイなんです。(会場笑)マサイ族の社会では、男の子は戦士になるよう育てられ、女の子は母親になるように育てられます。私が5歳の頃、私には既に婚約者がいて、思春期に入ったらすぐに結婚をすることが決まっていることを知りました。母も祖母もおばたちも、よく私にこう言いました。「今しがた将来の旦那さんが通りかかったわよ!」(会場笑)すごいでしょう? それ以来、私が行ったことは、12歳までに完璧な女性になるために準備をすることだけでした。

私の1日は朝5時に始まり、牛の乳搾り、家の掃除、兄弟の食事の支度、水汲み、薪を集めることが日課でした。私は完璧な妻に求められることを全てこなしていました。私は学校へも通っていました。でも、それはマサイ族の女の子がみな通っていたからではありません。私の母は教育を受けることを許されませんでした。ですから母はいつも私達兄弟に「自分と同じような人生を歩んでほしくない」と言っていました。

マサイ族の伝統的な儀式

なぜ母はそんなことを言ったのでしょうか? 私の父は都市で警察官をしていました。年に一度家に帰ってきますが、時には 2年も帰らないことがありました。父が家に帰る度に私たちの生活は一変しました。母は畑で一生懸命働いて、私達の食べる穀物を育てていました。牛や羊を育て、私達を養ってくれていました。
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しかし、父が家へ帰ってくると家畜や食糧を売って、友達と酒場へ飲みに出かけてしまうのです。女性である母には財産を所有する権利は一切なく、したがって私達の家にあるものはすべて父が所有権を握っていました。もし母が父に反抗すれば、殴られ、虐待されてしまいました。私が学校に通っていた頃、私には夢がありました。学校の先生になりたかったのです。先生は素敵ですね。きれいな服を着て、ハイヒールを履いていました。後になって、ハイヒールは履き心地が悪いと気づきました。(会場笑)特に、先生の仕事は黒板に何か書くだけで、とても楽そうだと思ったのです。私が畑でしている重労働に比べたら楽そうです。それで私は先生になりたかったのです。学校で私は一生懸命勉強をしました。そして、中学生の時、私はある決断を迫られました。

マサイ族には伝統的な儀式があり、女の子は思春期を迎える頃に皆その儀式に参加することになっていました。それは、大人の女性になるための儀式です。私にとって、中学校を卒業し高校へ進学する過渡期でした。人生の分岐点です。この伝統儀礼を受ければ、私は妻となります。そして、私の先生になるという夢は叶いません。

決死の覚悟で行った父親との交渉

そこで、私は この問題を解決するために作戦を練らなければなりませんでした。私は父に他の女の子なら絶対にしないような交渉をしました。私は父に、 「儀式には参加しますが、その後、また学校に通わせてください」とお願いしました。もし私が儀式から逃げ出したら父は大恥をかき、人々に 「儀式から逃げた娘の父親」として後ろ指を指されます。父は汚名を背負って生きていくのは耐えられません。ですから、「わかった、儀式に参加したら学校にまた通ってもいい」と言ってくれました。私はその儀式に参加しました。1週間にわたる盛大なお祭りです。村の人々は大いに楽しんでいました。そして、実際に儀式が行われる前日に、私達は踊り、楽しみ、寝ずに夜を明かしました。儀式の当日、私達は踊っていた家を出て、踊りながら歩いて行きました。広場に到着すると、大勢の人たちが輪になって待っていました。私達は踊りながらその輪に近づいて行きました。女性も男性も子供も、村中の人が輪になっていました。輪の中心には女性がいて、座って私達を待っていました。私の姉妹や他の女の子もいました。まず私が1番手でした。

 

その女性に近寄った時、彼女が私を見据えたので、その場に座りました。そして、脚を広げました。脚を広げると、別の女性がやって来ました。ナイフを持っていました。ナイフを持って、私の方に歩み寄り、私のクリトリスをつまむとそれを切り落としたのです。ご想像通り、私は大量の血を流しました。出血が続いた後、私は意識を失いました。しかし、私は幸運でした。多くの女の子はこれにより命を失いますが、私は死にませんでした。麻酔もなく 、ナイフは錆びていたので、とてもつらい経験でした。でも私は幸運でした。多くの母親がしないことを私の母がしてくれたからです。儀式の3日後、家から人が去った後、母は看護婦を呼びに行ってくれたのです。私達姉妹は手当を受け、3週間後に私は回復し、高校へ進学することが出来ました。私の「先生になる」という決意は固まっていました。 家族に変化をもたらすためです。

人生の転機となったとある男性との出会い

高校生のときに、あることが起こりました。同じ村の出身の若い男性と出会ったのです。

彼はオレゴン大学へ留学していました。白いシャツとジーンズという格好で、カメラを持ち、スニーカーを履いていました。真白のスニーカーです。外見に魅了されてしまうことってありませんか? 靴はスニーカーを履いていたんですよ(笑)! 舗装された道路もない村で、そのスニーカーはとても魅力的でした。(会場笑)私は彼に率直に言いました。「あなたのいるところに行ってみたいわ」と。彼はとても幸せそうに見え、うらやましかったのです。彼は聞きました。「行きたいってどういうこと? きみを待っている旦那さんがここにはいるんじゃないの?」 私は、「そのことはご心配なく。行き方を教えてくれるだけでいいの」と言いました。(会場笑)この男性が私を助けてくれました。また、高校在学中に父が病気になりました。とても重症の脳卒中だったので、父は私の進路について何も指示することができませんでした。しかし、 私の父は1人ではないのです。私の村にいる父と同年代の男性は、みな私の父替わりなのです。おじさんみたいな存在ですね。彼らも私の将来について指示をします。そんなとき、ある通知がきました。私が志願していたアメリカのバージニア州、ランドルフ・マコン女子大学からの合格通知です。しかし、村の助けがなければ大学へ行くことはできません。航空券を買うお金が必要だったからです。奨学金はもらえましたが、渡米する資金が必要でした。それで、村の助けが必要でした。しかし、村の男性は 「女の子が大学へ進学するチャンスを与えられた」なんて聞くと、「何てもったいない! こういう機会は男の子に与えられるべきだ! 支援なんてできない」と言います。そこで、私はまた村の伝統を利用しました。

長老への嘆願

村人たちは「良い知らせは朝にやってくる」と信じています。ですから、この問題を解決するには朝でなければなりませんでした。良い知らせは朝にやってくるからです。村にはみんなのリーダー的存在ともいえる長老がいました。その彼が賛成すれば、皆がそれに従います。そこで私はある日の早朝、日が昇るとすぐに彼を訪ねました。彼がドアを開けると、そこには私が立っていました。「おやおや、こんな朝早くにここで何をしているんだね?」と彼は私に尋ねました。「あなたの助けが必要なんです。私がアメリカに行く支援をしてくれませんか?」と、私は頼みました。私は彼に必ず将来村に帰ってきて、村の人々が望むことを何でもすると約束しました。彼は、「自分1人で決められる問題ではない」と言いました。そして私に村の16人の男性の名前のリストをくれました。毎朝、私は彼らに会いに行きました。最終的に彼らはみな協力してくれました。村の女性も子供もみな協力して、私が教育を受けるための支援をしてくれました。晴れて私はアメリカに来ることができました。そこで私が見たものは何だと思いますか? まず、雪を見ました!

(会場笑)そして、ウォールマートや電気掃除機を見ました。学校のカフェテリアに並ぶ豊富な食べものにも驚きました。私は物が豊富にある国にきたのです。私はアメリカの生活を思い切り楽しんでいました。

アフリカに女子校をつくりたいという想い

しかし、私は同時に多くのことを学びました。私が13歳のときに経験した儀式は、「女性器切除(FGM)」と呼ばれるもので、ケニアの法律に反するものだと知りました。教育を受けるために自分の体の一部を引き換えにする必要などなかったことも知ったのです。本来、私には教育を受ける権利があったのです。今現在も、アフリカでは300万人もの女の子が 女性器切除を受ける危険にさらされています。また、私の母には財産の所有権があったのだと学びました。女性だからという理由で、父に虐待される必要はなかったのです。これらのことを学んだ私は憤慨しました。何か行動を起こしたいと思いました。故郷へ帰るたびに、近所の女の子が結婚をしていくのを目にします。私が受けた儀式を彼女たちも受けています。

私は大学卒業後、国連で働き、その後大学院へ入りました。しかし、彼女たちの泣き顔が常に脳裏に焼きついていました。何かをしなければと思いました。故郷へ戻った私は村の男性や母親たちと話し合いました。そして、私は「いつか戻ってきて村の人たちが望むことを何でもするという約束を今果たします。何をお望みですか?」と聞きました。

母親たちからは、「女の子が通える女子校が必要です」と言われました。村には女の子だけが通える学校がなかったからです。さらに、女の子が学校へ通う間にレイプに遭うと、責められるのはその子の母親でした。女の子が結婚前に妊娠すると、母親が責められ罰を受けるのです。母親が叩かれます。彼女たちは 「娘たちに安全な場所にいて欲しいの」と言いました。しかし、村の父親たちと話をすると、もちろん全く反対のことを言います。「男の子のための男子校が必要だ」と。私は、「村の男性の中には海外で教育を受けてる人もいます。彼らが男の子のための男子校を建てて、私が女の子のための女子校を建てるというのはどうでしょうか?」と提案しました。彼らは納得してくれました。私は、「あなたたちの意欲を証明してほしい」と言いました。すると彼らは、女子校を建てるための土地を提供してくれました。そこに晴れて学校を建てることができたのです。

教育で人生が変わった女の子

この学校に通う女の子たちを紹介させてください。

アンジェリーンはこの学校への入学を希望して来ましたが、入学の基準を満たしていませんでした。彼女は孤児だったのです。それだけなら彼女を受け入れることができたかもしれません。しかし、年齢が他の子より上だったのです。アンジェリーンはすでに12歳で、私達は4年生の女子を受け入れることにしていたのです。彼女は孤児だったため、いつも住処を転々としていました。母親も父親もいませんから、祖母たちやおばたちの家を転々とし、彼女の人生に安定した時期はありませんでした。私は、今でも彼女を初めて目にした時のことを覚えています。アンジェリーンには彼女の外見からは想像できない何かを感じました。彼女は4年生としては年齢が上でしたが、教育を受けさせる機会を与えることにし、入学を許可しました。

 

そして、これが5ヶ月後のアンジェリーンです。彼女の人生が大きく変わり始めました。彼女は将来パイロットになりたいそうです。世界中を飛び回り、変革を起こすためです。入学した当時の成績は良くはありませんでした。しかし、今では彼女の成績は1番です。私達の学校だけでなく地区全体で1番成績が良いのです。

小さな行動がコミュニティに変化をもたらす

この子はシャロンです。

そして5ヶ月後の彼女です。

彼女はエヴェリンです。

これが5ヶ月後です。このように私達は変化を起こしています。私達の学校で新しい夜明けが起こっているように、大きな変化が起こりはじめています。

この瞬間、 125人の女の子は女性器切除を受けずにすみ、12歳になったときに結婚をせず、自分たちの夢を実現することができるのです。

これが私達の取り組んでいることです。彼女たちが成長する機会を提供しているのです。女性たちは虐待されることもありません。私達が自分たちのコミュニティに変革をもたらしたためです。(会場拍手)今日は私からみなさんにお願いがあります。今みなさんが私の話を聞いてくださっているのは、みなさんが前向きで、情熱があり、より良い世界を望み、戦争を終わらせ、貧困を無くしたいと考えているからだと思います。みなさんは社会に変革をもたらしたいと思っているはずです。人類の明日をより良いものにしたいと考えているからでしょう。私がみなさんにお願いしたいことは、まず最初に自らが行動を起こすことです。そうすれば周りはついてきます。まず、行動してください。すると誰かがついてきます。自信を持って、くじけず、恐れず行動するのです! 世界を変え、コミュニティに変化をもたらすのです!

私達は信じています。一度にひとつずつ、ひとりの女の子に、ひとつの家族に、ひとつの村に、ひとつの国に影響を与えていると。私達も変化を起こしています。あなたが、あなたの社会を変えれば コミュニティが変化していきます。そして、いずれは国に変革をもたらすのです。考えてみてください。もしあなたが行動し、私も行動すれば、私達の子供やあなたたちの子供、 そしてみんなの孫たちのために、より良い将来を提供してあげられるのではないでしょうか? そうなれば、すばらしく平和な世界で暮らせることになるのです!どうもありがとうございました。
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ゴミ箱で衰弱するネコを助けた少女。その後の展開がおとぎ話のよう。

イスタンブールの入り込む路地で迷い、
酷い光景を目の当たりにする。

他の人々は何も見ず、

何も語らずに通り過ぎていく。

この心の優しい少女を除いては・・・。

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この惨めさの塊のような生きものは、イスタンブールのゴミ箱の中に横たわり、

昼夜弱々しく泣いていました。

毎日地元の住人はこの子猫の横を歩いていたが気付きませんでした。

イスタンブールの人口は14oo万人。

悲しいことに一人として気にかけなかったのです。

7歳の小さな女の子だけが、

ごみための中から聞こえてくる鳴き声に耳を傾け助けました。

その女の子が起こした奇跡とは?
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出典:Youtube

【涙腺崩壊】過保護すぎる親たちが集まった授業参観。一人の小学生の発表が、全ての親をハッとさせ、意識を変えさせる事態に。

モンスターペアレントや、過保護すぎる
親が溢れている昨今。

そんな中とある都内私立小学校の授業参観での
出来事が、大きな波紋を呼んでいます。

例に違わず、過保護すぎる親がたくさん参加していた
授業参観。

教室の中ではある題材の作文の発表が行われていました。
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発表中にも関わらず、子供を褒めたり、また教室の
清潔さにケチをつけたりと、先生も思わず
苦笑いをする親たちの発言。

そうした時に、一人の小学生が手を挙げ次の発表をしたいと
立候補をしました。

 

その発表が、教室の空気と過保護な親たちの意識を
大きく変えることになったのです。

この授業参観の中で発表する作文の題材は
「家族への想い」でした。

 

家族に対しての気持ちを作文にし、発表するというもの。

手を挙げた小学生は堂々と作文を読み上げました。

 

『信じあうこと』

「私は、家族が大好きです。
家族も私のことが大好きです。

でも、たまにとても悲しい気持ちになることがあります。」

 

「私の家族は、いきすぎだと思うほど私のことを心配します。
この前、私は〇子ちゃんとケンカをしました。
私は、〇子ちゃんに嫌なことをさせられました。
でも私も〇子ちゃんに嫌なことをしたと思い、
仲直りをしたいと考えていました。」

 

「その時に、お母さんは私にあなたは悪くないと言いました。
〇子ちゃんがわるいんだから、あやまらなくていいのよ、と言いました。」

「とてもびっくりしました。
なんで私もわるいのに、私はあやまらなくて
いいのかなって、そのときに思いました。」

 

「お母さんは、もしかしたら私のことをしんじていないのかもしれない
と思いました。
お母さんは、『自分の子供』という事を信じているだけで、
『自分の子供だから』という理由だけで、私はわるくないと
いっているんじゃないかなと思いました。」

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「そのとき、とても悲しくなりました。
お母さんは、私という人間のことを信じてくれて
いるのかな?と心配になったのです。」

 

「私はお母さんの子供だけど、私という一人の人間でもあります。
その私という人間をちゃんとみてくれて、知ろうとしてくれて、
信じてくれているのかなって、思う時があります。」

 

「最近、テレビでモンスターペアレントという、子供のために
いっぱい怒る人が増えているという話をみました。

それを見てこの作文を書こうと思いました。
きっとそういう人が増えているのは、きっと子供自身を
信じるのではなく、『自分が育てた子供』という、育てたこと
自体を信じているんじゃないかなって思いました。
似ているようで、すごく違う事の様に感じるのは、
私だけではないのではないでしょうか。」

 

 

「私は、家族が大好きです。
だからこそ家族には、もっともっと、私のことを信じて
欲しいと思います。信じあうことができたら、きっともっと仲良く、
もっと笑顔いっぱいで一緒に居れるんじゃないかなって思います。」

 

「私も、もっとしっかりして、勉強もたくさん頑張ります。
だから、これからも私のことをたくさん信じて下さい。
私は、かならず家族みんなの自慢の娘になります。」

 

 

作文の発表中から、空気が静まり返る感覚がありました。
発表後、授業参観にきていた親たちは、誰も言葉を発する事が
ありませんでした。

でも少し間が出来てから、先生は大きな拍手をしました。
つられる様に親たちも大きな拍手をします。

発表をした女の子のお母さんは、授業参観後に自身の
振る舞いに対して、謝罪をしに行ったとの事です。

間違いなく女の子の発表が親たちの意識を変えた瞬間でした。

この話は、最近教師を退職した方が、一番印象に残っている話
として、寄稿してくれたお話です。

子供は大人が思っている以上に、敏感に大人の事を見てくれて
いるのかもしれません。

なんでも大人が正しいと思わず、今一度立ち止まり、
自分自身の立ち振る舞いを振り返ってほしい、
そんなメッセージが籠っているのかもしれませんね。
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