【感動】一枚の薄赤い紙を落とした不自然な女の子。拾って渡そうと、手に取ったその”薄赤い紙”はただの紙ではなかったのです・・・

ある郊外の大通りに面しているガソリンスタンド。

ここで、一人のガソリンスタンドの男性店員。
彼は毎日このガソリンスタンドで働いていました。

田舎町のさらに郊外にあるこのガソリンスタンドでは、
普段から顔見知りの客ばかり。

滅多に新規のお客さんや観光客なんてこない
小さなガソリンスタンド。

いつもと変わらず、常連のお客さんの車を
洗車していた彼の元へ見知らぬ客が・・・
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ガソリンスタンド内へと入ってきた一台の車。

彼は、洗車していた手を拭って急いでその車の
元へ駆け寄り挨拶をします。

”いらっしゃいませ!
給油されますか?

彼が質問をすると、運転席に座っている少し
大柄な男性は首を横に振りながらボソッと話しました。


給油はいい。
トイレを貸してくれ。

そう言われたので、トイレを案内して洗車作業へ
戻ろうとすると、後部座席から一人の女の子が
降りてきました。

大柄な男性と手をつなぎトイレへ向かっていく二人を見て、
「仲のいい親子だな」
そう少しほほ笑んだそうです。

しかし、この後とんでもない事態へと
発展していくことに・・・

少し長めにトイレを使用して出てきた女の子の
手をサッと握ってまた車の方へ足早に歩いて行く
男性。

どこか違和感を感じていたのか、
店員は二人を目で追っていたのだとか。

すると、女の子が手に持っていた紙のようなものを
落としたのです。

落としたことに気づいていない様子の女の子に、
慌てて拾って渡そうとしましたが、

足早にスタンドから出て行ってしまった車。

しかし、その拾った紙に書かれている内容と
紙の正体を知った彼はすぐさま行動に
出ることとなったのです。

女の子が”ワザと”落した紙は、少し薄赤い
トイレットペーパーの紙だったのです。

しかし、トイレットペーパーは赤くはありません。

その薄赤い正体は”血”。

そして、その”白い”トイレットペーパーには
”血”でこう書かれていました。

”たすけてください”

これが、何を意味しているのか
すぐさま理解した店員男性は、恐ろしい事態に
気付きます。

あの大柄な男性に誘拐されたのか、いずれにしろ
事件性が高い事には変わりないと判断して
すぐさま警察へ電話。

そして、彼が凄かったのはここから。

車が走り去った方向と車の特徴を事細かく警察へ説明して、
地元の予想される逃走経路までを指示。

さらには、警察車両に先回りして封鎖するように
伝えたのです。

この彼の迅速かつ的確な指示の甲斐あって、
彼が警察へ電話してから約30分後に車は
発見され、女の子は無事保護されたそうです。

この後すぐに女の子の希望でガソリンスタンドへと
訪れたこの女の子は、スタンドの彼に
抱きついてこう伝えました。

”お兄ちゃんありがとう!
私ね、爪を噛んで血でメッセージ書いたんだよ!”

彼女は、2日前にこの大柄な男に誘拐され、
行方が分からなくなっていたそうです。

家族には身代金の要求もあったのだとか。

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痛い思いをしながらも、必死で助けを求めた
女の子の発想力と、すぐさま的確な指示を
送ったガソリンスタンド店員の機転の利いた
対応が見事に少女の命を救う事となりました。

米オレゴン州が舞台となったこの出来事に、
賞賛の声が集まったそうです。

この後、彼女の噛み切った指先には、
ガソリンスタンド店員の男性が巻いてあげた
絆創膏テープが貼られていたそうです。
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【感動する話】 エア・カナダ機で起きた空調トラブル。貨物室で苦しむ一匹の犬のため、機長の取った判断が世界中から絶賛される

イスラエルからカナダに向かっていたエア・カナダの旅客機が、貨物室に預けられていた犬を救うために行き先を変更。ドイツに緊急着陸する出来事があり、話題となっています。
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貨物室の暖房装置に問題が発生

エア・カナダ85便はイスラエルのテルアビブからカナダのトロントに向かう途中、貨物室の暖房装置に問題が発生。貨物室には、乗客のジャーマン・コントロビッチさんが預けた7歳のオスのフレンチブルドッグ犬「シンバ」(上記画像はイメージです)がいました。

暖房装置のトラブルを知った機長は犬の安全を気遣い、「この高度では極めて不快度が高く、そのまま飛行を続ければ生命が脅かされる恐れもある」と判断したといいます(エア・カナダ広報談)。

機長の判断により同機は行き先を急遽変更し、ドイツ・フランクフルトの空港に着陸しました。シンバは別の便に乗り換え、85便には約75分の遅れが生じたとのこと。

乗客の多くが好意的な反応

犬が危険にさらされる恐れがあり、行き先の変更によって安全が確保されたことを知らされた乗客らの多くが、「正しい判断だった」と語るなど概ね好意的な反応だったそうです。
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この件に対して寄せられていた声

 

出典:twitter.com

飼い主のコントロビッチさんは「この犬は自分の子どもみたいなもの」と話し、機長には感謝の意を示しているそうです。機長の判断もそうですし、遅延にも関わらず何よりも犬の無事に安堵した乗客たちの声といい、素晴らしいですね!本当に命が助かって良かったと思います。
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へその緒がついたままの子猫が息絶えていた。弔おうと抱き上げた、そのとき奇跡が起きました。

出典:imgur

雨が降るなか、散歩をしていた一人の女性。そこで彼女は衝撃的な光景を目にします。

冷たい地面の上で、へその緒がついたままの子猫がグッタリと倒れていたのです。

彼女は動かない子猫を見た瞬間、「もう死んでいるかも…」と覚悟します。
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出典:imgur

せめて埋めてあげよう、と子猫を抱き上げた、そのとき。彼女は、わずかに子猫の心臓が動いているのを感じます!!

出典:imgur

女性は手持ちの紙袋で子猫を包むと、すぐさま近くの病院へ走りました。

子猫は、彼女の手の温もりと、とっさに包んだ紙袋のおかげで体温が下がることなく一命を取り留めました。あとほんの数分発見が遅れていたら命はなかったそうです。

 

一命を取り留めた子猫は…

治療が終わると、女性には57ユーロ(約7500円)の支払いが待っていました。

実はこの女性、経済的にあまり余裕がない状態でした。しかし、子猫が命を吹き返した姿を見て、治療費のことなど気にもならなかったと話します。

そして彼女の決心。それは…子猫を家族の一員に迎え入れること!

 
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元気を取り戻した子猫
子猫は「Iris(アイリス)」と名付けられ、女性とその息子さんと一緒に暮らしています。

最初はミルクを飲ませるのも一苦労でしたが、徐々に元気を取り戻していくアイリスに家族は一安心。

出典:imgur

今ではゴクゴクとミルクを飲んで、すくすくと育っているようです。指を掴む手がたまらなく可愛いですね!

出典:imgur

もうすぐ目が開きそうなアイリス。

その愛らしさで、きっと家族の心を温かく灯してくれることでしょう。小さな優しさが大きな幸せに繋がった出会いに、幸せのおすそわけをもらえた気分です。

アイリス、元気に育ってね!

出典:imgur
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【泣ける実話】裁判官もこらえきれず涙‥息子が母親を殺した本当の理由

もう生きられへん。

此処で終わりやで・・・

京都市伏見区桂川河川敷で2006年2月1日に
無職片桐康晴被告が認知症の母親を殺害して
無理心中を図ったとみられる事件の
初公判が19日に行われた。

事件内容は認知症の母親の介護で
生活苦に陥り、母と相談の上で
殺害したというもの。
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片桐被告は母を殺害した後、
自分も自殺を図ったが
発見され一命を取り留めたとの事。

片桐被告は両親と3人暮らしだったが、
95年に父が死亡。

その頃から、母に認知症の症状が出始め、
一人で介護した。

母は05年4月ごろから昼夜が逆転。
徘徊で警察に保護されるなど症状が進行した。

片桐被告は休職してデイケアを利用したが
介護負担は軽減せず、9月に退職。

生活保護は、失業給付金などを理由に
認められなかった。

介護と両立する仕事は見つからず、
12月に失業保険の給付がストップ。

カードローンの借り出しも限度額に達し、
デイケア費やアパート代が払えなくなり、
06年1月31日に心中を決意した。

「最後の親孝行に」 片桐被告はこの日、
車椅子の母を連れて京都市内を観光し、
2月1日早朝、同市伏見区桂川河川敷の遊歩道で
「もう生きられへん。 此処で終わりやで。」

などと言うと、母は
「そうか、あかんか。
康晴、一緒やで」 と答えた。

片桐被告が 「すまんな」 と謝ると、
母は 「こっちに来い」 と呼び、
片桐被告が母の額にくっつけると、
母は 「康晴はわしの子や。 わしがやったる」 と言った。

この言葉を聞いて、片桐被告は殺害を決意。

母の首を絞めて殺し、
自分も包丁で首を切って自殺を図った。

冒頭陳述の間、片桐被告は背筋を
伸ばして上を向いていた。

肩を震わせ、 眼鏡を外して
右腕で涙をぬぐう場面もあった。

裁判では検察官が片桐被告が
献身的な介護の末に失職等を経て
追い詰められていく過程を供述。

殺害時の2人のやりとりや、
「母の命を奪ったが、もう一度
母の子に生まれたい」 という供述も紹介。

目を赤くした東尾裁判官が言葉を詰まらせ、
刑務官も涙をこらえるように
まばたきするなど、法廷は静まり返った。
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裁判の中で片桐被告は、
「私の手は母を殺める
ための手だったのか」 と言葉を残した。

東尾裁判官は片桐被告に対し、
「尊い命を奪ったと言う結果は
取り返しのつかない重大だが
経緯や被害者の心情を思うと、
社会で生活し 自力で更生する
なかで冥福を祈らせる事が相当
被告人を懲役2年6ヵ月に処する…」

そして続いてこう言った
「この裁判確定の日から3年間 その刑の執行を猶予する」
殺人(承諾殺人)で異例の執行猶予つきの
判決を言い渡たされた。

そして被害者(お母さん)の心情に対し
「被害者は被告人に感謝こそすれ、
決して恨みなど抱いておらず
今後は幸せな人生を歩んで いける事を
望んでいるであろう と推察される」

判決の後、片桐被告に裁判長が
「絶対に自分で自分をあやめる 事の
ないようにお母さんの ためにも、
幸せに生きて ほしい」 と言われ、
片桐被告は深々と頭を下げ
「ありがとうございました」 と言った。

片桐被告に言い渡した後に東尾裁判官は
こう言葉を残した 「本件で裁かれるのは
被告人 だけではなく、 介護保険や
生活保護行政の在り方も 問われている。

こうして事件に発展した 以上は、
どう対応すべき だったかを
行政の関係者は 考え直す余地がある。」

生活保護

生活保護(せいかつほご)とは、
日本の生活保護法によって規定されている、
国や自治体が経済的に困窮する国民に対して、
健康で文化的な最低限度の生活を保障するため
保護費を支給する制度。

生活保護法第一条にあるように、
日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、
国が生活に困窮するすべての国民に対し、
その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、
その最低限度の生活を保障するとともに、
その自立を助長することを目的とする制度である。

母子の悲しい旅

2006年1月31日、
この日までに払わなくてはならないアパートの
家賃3万円はどこにもなかった。

手持ちの現金はわずか7000円ほど。
康晴は親族に相談することもなく、
自分たちに残された道は「死ぬこと」しかないと思った。

康晴は自宅アパートをきれいに掃除をして、
親族と大家宛ての遺書と印鑑をテーブルに置いた。

その間、康晴は何度も母親に
「明日で終わりなんやで」と話しかけている。

最後の食事はコンビニで買ってきたパンとジュース。

電気のブレーカを落とすと、
康晴はリュックサックに死ぬためのロープ、
出刃包丁、折りたたみナイフを詰めて、
車いすの母と2人アパートを出た。

2人が向かったのは、三条の繁華街だった。
康晴がどこに行きたいかと尋ねて、
母親が「人の多い賑やかなところがいいなあ」
と答えたからだった。

1人300円の運賃を払って淀駅から
京阪電車に乗り、三条京阪駅に着いた。

駅を出ると鴨川が流れている。
2人はしばらくこの川のそばで時間をつぶしている。

やがてにぎやかな新京極通りをに向かった。

この通りの入口にそば屋がある。

康晴がまだ子どもの頃、親子3人で
食事をしたことのある店だった。

しかし手持ちの金が多くないため、
食事はしなかった。

夜、母子は伏見にいた。

もう戻ることのできないアパートの近く、
桂川の河川敷。

次にどこへ行きたいかと聞かれて、

母親が「家の近くがええな」と言ったからである。

午後10時のことだった。

冷たい雨

2月1日。厳しい冷え込み。

康晴は車椅子の母に防寒具をかけてやった。

それから何時間か過ぎた。

「もうお金もない。もう生きられへんのやで。
これで終わりやで」

康晴は泣きながら目を覚ましたばかりの
母に語りかけた。

母親は「すまんな」「ごめんよ」と
泣きじゃくる息子の頭を撫で、
「泣かなくていい」と言った。

「そうか、もうアカンか、康晴。
一緒やで。お前と一緒やで」 

「こっち来い。こっち来い」

母に呼ばれた康晴が近づいたところ、額がぶつかった。

「康晴はわしの子や。わしの子やで。
(お前が死ねないのなら)わしがやったる」

その母の言葉に康晴は
「自分がやらなければ・・・・」と思った。

そして意を決し、車いすのうしろに
まわってタオルで母親の首を絞めた。

絞め続けた後、苦しませたくないために
首をナイフで切った。

康晴は遺体に毛布をかけた後、
包丁と折りたたみナイフで自分の首、
腕、腹を切りつけ、近くにあった
クスノキの枝にロープをかけ首を吊ろうとしたが失敗した。

「土に帰りたい」と走り書きしたノートの
入ったリュックサックを抱いて、
冷たい雨の降るなか虚ろな表情で佇んでいた。

通行人によって2人が発見されるのは
午前8時ごろのことである。

引用:http://yabusaka.moo.jp/fushimi.htm
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【涙腺崩壊】私は幸せでした・・・

24歳のとき、私は、人生のどん底にいました。

 

6年付き合って婚約までした彼には、
私の高校時代の友人と駆け落ちされ、
父親が死に後を追うように、母も自殺・・・

葬式やらなんやらで会社を休んでいる間に、
私の仕事は後輩に回り、残された仕事はお茶汲みと資料整理。

そしてついに彼に逃げられたことが会社に広まり、
私は笑い者でした。
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もういっそ死んでしまおう
そう思ってからは早かった。

 

アパートに帰り、元彼のネクタイで首吊りようの縄を作り
人生が嫌になったので自殺しますと遺書を残し首に縄をかけました。

 

あぁ、終わる
私の人生はなんだったんだろう。

 

でも、立っていた椅子を倒そうとしたときでした。

ガチャッ

アパートの扉が開き、知らない男の人と目が合いました。

その時の私は相当間抜けだったとおもいます。

 

でも、その男の人も間抜けな顔をしてこの状況に困惑していました。

「お、降りてください!!」

でもすぐにその人は靴も脱がずに部屋に上がってきました。

 

私を抱き上げ縄を外すと私をジッと見つめました。
「部屋を間違いました」
それだけ言うとその人は静かに部屋から出て行きました。

 

私は突然のことに脱力し、そのまま眠りにつきました。

 

次の日いつも通りに仕事に行き、いつも通りに雑用を任され、
いつも通りの時間が過ぎていきました。

ですが、いつも通りではないことが一つ

私の部屋の前に、誰か立っているのです
それが誰なのかはすぐに分かりました。

 

その人は私を見ると軽く頭を下げて私の元にも歩いてきました。

 

「昨日はすいませんでした、
僕の部屋はあなたの上の階なのですが、昨日は酔っていて
なにかお詫びがしたいです、お暇ですか?」

その人は優しく素直な人でした。

 

私と同い年だったこともあり、
いくつかの飲み屋をはしごするうちに打ち解けていきました。

初対面のはずが、会話が途切れないのです。

 

5軒目を出たときには、
2人とも真っ赤な顔をしてフラフラしていました。

 

駅前のベンチに2人で座り、また他愛もないことを話しだします。

 

「君といると楽しいよ」
「私も楽しい」
「だから、死なないで」
彼の声は真剣でした。

 

色々な話をしましたが、私が自殺しようとしたことについて
彼が何か言ったのはこれが初めてでした。

 

「もう分からない、私が生きている意味も、
何のために生きていけばいいのかも」

婚約者のこと、両親のこと、会社のこと
私が話している間、彼は黙って聞いていました。

 

私が涙で言葉を詰まらせると、彼は優しく背中を撫でてくれました。

「なら、僕のために生きてください
僕はあなたのために生きていきます」

今考えてると、こんなことを言ってしまう彼も、
大泣きしながら頷いた私も、酔っていたのです。

 
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普通なら、初対面の女にこんなことは言わないし、
私だって初対面の男の言葉を信じるはずがありません
でも彼は、私を幸せにしてくれました。

 

どちらも一人暮らしだったため、
夕飯はどちらかの部屋で食べるようになりました
私は料理が得意ではありませんでしたが、彼の料理は絶品でした。

 

そして半年が経ち、私の誕生日がやってきました

仕事から帰ると、
あの日のように彼が部屋の前に立っているのです。

 

「おめでとう、一足先におばさんだね」
彼はそう笑いながら、大きな花束をくれました。

 

その日を境に、正式に付き合い始めました。
私の部屋を解約して、彼の部屋で一緒に暮らし始め、
私は彼に甘えて仕事を辞めました。

 

それからは、掃除と洗濯と料理、
毎朝の彼のお弁当作りが私の仕事になりました。

 

そしてまたその半年後、
仕事から帰ってきた彼が100点の答案用紙を見せるようなキラキラした目で

「貰ってきちゃった」
と、婚姻届を私に見せてきました。

 

一週間後には、彼のご両親に、挨拶に行きました。

 

お義母さんもお義父さんも、とてもいい人たちでした。

 

結婚の挨拶に行くと、彼から聞いていたのか、
色々大変だったわねと涙を流してくれ、
息子をお願いしますと深々と頭を下げられました。

 

本当に暖かく、私を娘のように可愛がってくれました。

新しい両親ができ、幸せになれた。

私は婚姻届にサインしながら彼に聞きました。

「私もあなたを幸せにしたい
あなたの為ならなんでもするから、なにか恩返しをさせて?」

彼は少し考えたあと、優しく笑いながら言いました。

 

「僕より先に死なないで」

結婚式は挙げませんでした。
相変わらずずっと狭いアパートで二人暮らしです。

 

私は子供が出来ませんでした。
私は彼にも、両親にも子供の顔を見せることが出来ず、悔しかった。

しかし、誰も私を責めませんでした。

 

私はいつのまにか、優しい人に囲まれていました。

 

幸せで、本当に幸せで、
気がつくと、彼と出会って10年が経っていました。

 

私はだめな嫁でした。
上達しない料理とお弁当を毎日食べさせ
結局子供も出来ず、彼に甘えてばかりでした。

 

しかし彼は、私の料理を残さず食べてくれ、
いつもありがとうと言ってくれました。
誕生日の花束も忘れたときはありません。

 

私を気遣い、休日は彼が家事をしてくれました。
私は幸せでした。

私は今、病院のベッドの上にいます。

先月癌が見つかりましたが、発見が遅く、
良くて1年だろうと言われました。

 

彼は毎日見舞いに来て、私の手を握ってくれます。
一度死のうとした私への罰でしょうか
まだまだ彼といたいのに、
私は彼より先に死んでしまうのです。

幸せにしたいと言ったのに、
そんな簡単な約束も守れないのです。
本当に私はだめな嫁ですね。

 

優しい彼を毎日泣かせてしまうなんて
長々とすいませんでした。

休み休み書いていたら、こんなに長くなってしまいました。

最後にもう少しだけ

さくらです
優、あなたに出会えて、あなたの家族になれて幸せです。
私を見つけてくれてありがとう

優の優しさが、私を救ってくれました。
約束、守れなくてごめんなさい。

先に向こうで待ってるね
優はおじいちゃんになってから、来てください。

愛しています。
いつかあなたの元に届くことを祈って
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ある教授の感動する哲学の授業「マヨネーズの瓶と2杯のコーヒー」

貴方が人生に行き詰まってどうしていいか分からないと思う時

一日が24時間では足りないと思う時

マヨネーズの瓶とカップ2杯の
コーヒーのことを思い出して下さい。
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ある大学教授が哲学科の教室で生徒達の前に立っていました。

いくつかの品物を前に置いて。
授業の初めに教授は無言で、
大きな空っぽのマヨネーズの瓶を取り上げ
その中にゴルフボールを入れ始めました。

瓶が一杯になった時、教授は学生達に、
この瓶は一杯だと思うかと尋ねました。

学生たちは、そう思うと答えました。

次に教授は小石の入った箱を取り出して、
小石を瓶に移し、瓶を軽くゆすりました。

小石はゴルフボールとゴルフボールの隙間にはいりこみました。

そこでまた教授は学生達に、「瓶は一杯か?」とたずね、
学生たちは、「そうです。」と答えました。
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続いて教授は砂の入った箱を取り出し、
砂を瓶の中に入れました。

当然、砂は瓶の中の残っている隙間にはいりこみました。

教授はまた、「瓶は一杯か?」と尋ねました。

学生たちは異口同音に、「はい。」と答えました。

さらに、
教授はコーヒーの入ったカップを二つ持ち出して、
マヨネーズの瓶にそれを注ぎ込みました。

コーヒーは、砂の中に浸み込んで行きました。

学生たちは笑い出しました。

「さて、」笑いが収まるのを
待って教授は話し始めました。

「この瓶を人生だと思ってごらん?
ゴルフボールが表わしているのは、大切なものだ。

家族とか、子供たち; 健康; 友達; 夢中になれるもの――
もし仮に、他のものが全部なくなっても、これさえあれば良いと言えるものだ。

小石はその外の比較的大事なもの、仕事とか、家、車などのようなものだ。

砂は、その他のいろんな物事―どうでもいいものだ。

もし、最初に砂をこの瓶にいれてしまったら、

小石やゴルフボールの入る余地は無くなってしまう。

人生も同じことだ。

もし、どうでも良いような事に時間や労力をつぎ込めば
大事な物事の入る場所はなくなってしまう。

だから・・・ 

君たちは、自分にとって掛替えのないものに注意をしなさい。

子供たちと遊び

健康診断のために時間を作り
奥さんを連れて食事に出かけなさい。

家の掃除や、ゴミの始末は後で出来るさ。

先ず第一に、ゴルフボールをいれること

つまり、
本当に大事なものを先にするのさ。

それさえちゃんとしておけば、
後の物事は砂みたいに何所にでもはいるのさ。

一人の学生が手をあげて、コーヒーは何を表わしているのかと、
尋ねました

教授は「良い質問だ」と、笑顔で答えました。

どんなに忙しくても

友達と一緒にコーヒーの
一杯や二杯飲む時間ぐらい、
その気になれば見つかると云う事さ。

出典元:The Mayonnaise Jar and 2 Cups of Coffee
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【涙腺崩壊】離婚届を渡されました”あなたと歩んだ日々”

今日、旦那の両親から離婚届を渡されました。

「貴女には幸せになって欲しいから。」って。

私の旦那さん、若年性アルツハイマーという病気で、
施設に入ってるんです。

勿論、私は離婚する気はないので、
丁重にお断りしました。
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私の幸せは、旦那の隣で生きていく事。

離婚なんて有り得ない。
記憶がなくなってしまい、
ただでさえ孤独な旦那を、
離婚してさらに独りにしちゃうなんて、
私には出来ない。

もう、旦那の記憶には私も、私との思い出もない。

でも、思い出話をしてあげると、
何も言わずに、凄い穏やかな顔で
微笑んで聞いてくれる。

話し終わると
「素晴らしいお話をありがとう。」
って言ってくる。

その素晴らしい思い出を
作ってくれたのは紛れもなく、
あなたなんですよ。

次は私の番です。

あなたの記憶は日々消えていき、
残りませんが、1日1日あなたと過ごす時間を、
あなたに素晴らしいと思ってもえるようにするから。

記憶がなくても、あなたはあなた。

ずっと愛してますよ。
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【涙腺崩壊】亡くなった母親が父と娘に残した一本のビデオレター。ずっと見ずにしまっておいたのだが…

 

先日、
友達の女の子の結婚式に招待された時の話。

本人から聞いたのか、
共通の友人から聞いたのかあやふやだけど、
その子は物心つく前にお母さんが亡くなっていて、
父親に育てられたみたいな話は耳にした事があった。
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式後に聞いた話だけど、
何かの映画か小説かであった、
余命を知った母親がまだ小さい子供のために
ビデオメッセージを残すみたいな事を
その子の母親もやってたそうだ。

と言っても何百本もって訳じゃなく、
絵本を読み聞かせるビデオや、
小学校卒業ぐらいまでの
毎年の誕生日メッセージぐらいだったらしい。

その中にひとつ、
「娘が結婚したら一緒に見て」と
父親が渡されていたビデオがあったそうだ。

思い出して辛いのか、
友人の父親はあまりビデオを見たがらず、
祝福してくれる皆とならって事で、
結婚式でそのビデオが流れる事になった・・・

2人もそのビデオを見るのは初めてだったそうだ。

そんな説明を少し司会者がしてたものの、
旧友との話に花が咲き、
お酒も入って軽く聞き流してた所で
ビデオが流れ始めた。

自分と変わらないぐらいの年の綺麗な女性が映り、
「○○ちゃんおめでとー!」って
クラッカーをパーン!と鳴らす。

「○○ちゃんは何歳で結婚したんだろう?
きっとママに似た素敵な女性に
なってるんだろうねー。」と、

アットホームなホームビデオって感じで、
ほのぼのVTRが流れる。

時折冗談を交えて、しんみりする雰囲気じゃなく、
新婦も招待された人達も笑顔で見てた。

5分くらいメッセージが続き、
ビデオの中の女性は言葉を
探すようになり、そろそろ終わりかなと思った頃、

「後・・・」と少し間が空いて、

「最後に、○○君(新婦の父親)、
○○ちゃんを立派にお嫁に出してくれてありがとう。」

娘に宛てたメッセージとはまた違う、
凄い優しい笑顔になって、メッセージは続く。

「○○君の事を愛してます。」

「きっと、お腹が出ちゃってる○○君を、
もしかすると頭が寂しくなってるかもしれない○○君を、
今でも愛してます。」

「いつかおじいちゃんになる○○君も、
ずっと愛してます。」

少し俯いた後、
照れくさそうな顔をして画面に
手を伸ばす女性が映り、ビデオは終わった。

ほのぼの雰囲気だったのが一変、
式場は静まり返って、みんなプルプルし始める。

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そんな中、堪えきれなくなったんだろう、
突然新婦の父がテーブルに突っ伏し、
口を手で塞いで嗚咽を漏らしだす。

新婦も涙で顔をくしゃくしゃにして駆け寄り、
突っ伏した父親を抱きしめて大号泣。

つられてほとんど全員と言っていいぐらいの
女性客が泣き始め、男性客も涙こらえるのに必死。

妙な雰囲気に子供が大声で泣き出し、
まるで葬式のクライマックスみたいな
カオスな状況に・・・

そんな状況をまずいと思ったのか、
司会者が「本当に素敵なメッセージでしたー。

引き続きお食事をお楽しみくださーい。」と〆にかかる。

暫くお通夜状態だったものの、
徐々に平穏を取り戻し、
ようやく元の結婚式らしい雰囲気に
戻った所で新婦父の挨拶に。

新婦の父は明るいガテン系って感じで、
あまり人前で泣くようなキャラじゃないんだろう、
失態を見せてしまったと思ったのか、
妙にテンション高いスピーチを始める。

最後は「私も○○(新婦母)を愛してまーす!」と
新日の棚橋パフォーマンス
(知らない人ごめんなさい)で
若干会場を引かせたものの、
照れ隠しに無理してテンション高く
振る舞ってるのを皆分かってて、
何とも言えない良い雰囲気で式は終わった。

ずっと鳴り止まない拍手と、
新婦より幸せそうな新婦父が印象的だった。

色々あってちょっと疲れたけど、
この結婚式は一生忘れないと思う。
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【感動】ずっと並んで歩こうよ。お前は俺の自慢の彼女なんだから。

私は交通事故に遭って左半身に少し麻痺が残り、

日常生活困るほどではないけど、歩くとおかしいのがばれる。

 

付き合い始めの頃、

それを気にして一歩下がるように歩いてた

私に彼は気がついて、

手をつないで一緒に並んで歩いてくれた。

 
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家に帰ってから訳を聞かれて

「○君に恥ずかしい思いをさせたくなかったから」

って言ったら

「どうしてそんな考え方をするんだ」

と怒られた。

 

私は、

「大好きだった○君と付き合えてるだけで幸せだから。
私と付き合うことで○君に少しでも嫌な思いをさせたくないから」

と言った。

 

すると彼は、泣きながら私の両手を持って、

目の中を覗き込むようにして諭してくれた。

 

「俺はお前と付き合ってあげてるわけじゃない。

俺がお前を好きで一緒にいたい、

付き合いたいと思ったから付き合ってるんだ。

 

お前の体のことなんか、

ずっと前から知ってたけど、

一緒に歩いて恥ずかしいなんて

一回だって思った事はないよ。

 

お前がそんな風に考えてるのが俺は悲しい。

俺に気を使わないで。

自分の事を恥じないで。

 

もっと自信をもって胸を張ってほしい。

ずっと並んで歩こうよ。

お前は俺の自慢の彼女なんだから」

 

私のことをここまで思ってくれる人には

絶対会えないと思う。

 

すごく嬉しくて、涙が止まらなかった。

今は、どこに行くときも並んで歩いています。
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【涙腺崩壊】僕と彼女と連絡帳・・・

俺が小学校5年生のとき、

寝たきりで滅多に学校に来なかった

女の子と同じクラスになったんだ。

 

その子、たまに学校に来たと思ったら

すぐに早退しちまうし、最初は

「あいつだけズルイなぁ・・・。」

なんて思ってたよ。

 
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んで、俺の家、その子の家から結構近かったから、

俺が連絡帳を届ける事になったんだ。

 

女の子のお母さんから連絡帳を貰って、

先生に届けて、またお母さんに渡して・・・。

それの繰り返し。

 

「なんで俺がこんな面倒臭い事しなくちゃいけないんだ!」

って、一人でブーたれてたのを良く覚えてる。

 

そんなある日、俺何となくその子の連絡帳の中を覗いてみたんだ。

ただの興味本位だったんだけど。

 

連絡帳にはその女の子のものらしい華奢な字で、

ページ一杯にこう綴られてた。

 

今日もずっと家で寝てました。

早く学校に行きたいです。

 

今日は窓際から女の子達の笑い声が聞こえてきました。

学校に行けば、私も輪に入れるのかな・・・。』

ショックだった。

 

学校行かないのは、楽な事だと思ってたから。

ハンデがある分、ひいき目にされて羨ましいって思ってたから。

 

でも彼女の文章には、学校に行けない事の

辛さや普通にみんなと遊びたいって

気持ちに溢れていた。

 

なんだか俺、普通に毎日学校に

通ってんのが申し訳なくなった。

 

だから、連絡帳にこっそり書き込んだんだ。

「いつでも、待ってるからな。体が良くなったら遊ぼうな!」

って。

 
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でも次の日の朝、その子の家に行ったらその子のお母さんに

「もう、連絡帳は届けなくていいの。」

って言われた。

 

あまりにも突然だった。

俺その頃悪ガキで、頭もすげえ悪かったけど、

その子のお母さんの言ってる意味は伝わったんだ。

 

「この子は天国に行ったんだ。もう一緒に遊ぶ事は出来ないんだ・・・。」

そんな事考えたら涙が溢れて、止まらなくって・・・。

 

ずうっと泣き続けてた俺に、

その子のお母さんは連絡帳をくれたんだ。

 

せめて君だけは、学校にも行けなかった

あの子を忘れないで欲しいって。

 

そんな俺ももうすぐ30になろうとしてる。

 

あの時の連絡帳は、

引き出し下段の奥底にずっとしまったきりだ。

 

就職したり、結婚したり、子供が生まれたり・・・。

今まで、本当に色んな事があった。

 

時には泣きたい事、辛い事の連続で、

いっそ自殺しちまおうかなんて思った事もあった。

 

けど、そんな時はいつも引き出しを開けて、

女の子の連絡帳を開くんだ。

 

そして、彼女が亡くなる直前に

書かれた文章を読み返すんだ。

 

『ありがとう、いつかきっと、遊ぼうね。』
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