【涙腺崩壊】亡くなった飼い主のお墓前で泣き続ける犬の姿に涙が止まらない

犬は、飼い主を匂いや雰囲気でしっかり判別し、
記憶し、覚えます。

中には、ずっと亡くなった飼い主を待ち続けて
保護される犬も珍しくはないそうです。

それほど、犬の愛情とは根深く、そして温かいものなのでしょう。

 
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今、ネット上で話題となっているこの子もその一匹。
亡くなった大好きな飼い主のお墓の前に体を寄り添い、
まるで人間の同じみたく泣いている様・・・。

 

こちらまで涙がでそうになります。

すすり泣きのように、お墓の前で泣いているようですね。


 
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飼い主さんのことが、本当に大好きだったのでしょう・・・

 

ずっと一緒にいて、大事に・・・
そして、たくさん可愛がってもらったのでしょう。

 

毎日一緒に楽しい時間を共に過ごしてきたのでしょう・・・

 

飼い主さんはきっと、そんな相棒を天国から
見守っているはずですよね♪
 
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【涙腺崩壊】東日本大震災の時、「ごめんなぁ」と呟いた隊員の顔を俺は一生忘れない。

東日本大震災の時、ごめんなぁと呟いた隊員の顔を俺は一生忘れない。

被災した時、俺はまだ中学生でした。

全壊した家で、たまたま通りに近い部屋で
寝ていたので、腕の骨折だけで自力脱出できました。

 

奥の部屋で寝ていたオカンと
妹はダメでした。

 
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何とかしようにも、あたりは真っ暗、
俺もケガしていて手作業ではどうしようもなく、
明るくなってからようやく近所の人に手伝って
もらって瓦礫をどけながら、必死で掘り返しました。

 

でもどうしようもなかった。

 

半日以上たってから、
自衛隊の人を見かけて夢中で
助けを呼びました。

 

数時間以上かけたと思います。
自衛隊の皆さんは瓦礫の中からと
妹を救助して下さいました。

 

残念ながら母も妹もすでに
亡くなっていました。

 

その後、家は火事で焼け落ちました。
あの時自衛隊の皆さんが来て下さらなかったら、
妹の遺骨を焼け跡から拾うことになったかも知れません。

 

ボロボロになった妹の体を引きずり出して、
「ごめんなぁ」とつぶやいた
自衛隊の方の顔を俺は一生忘れません。

 

あの時は、本当にありがとうございました。
それから、俺の怪我の手当てもしていただきました。

 

ありがとうございました。

 

政治家が何を言おうと、俺たちは
あの時の皆さんに感謝しています。

本当にありがとうございました。

 
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とあるカフェで、ある親子の異変に気づいた店員。その店員が起こした行動で、母親は逮捕された・・・

カフェでホールを担当している私は、
接客が好きでいつでもお客様と色々な話をしながら
仕事をしています。

 

店内は可愛さにこだわった作りになっているため
お客さんの大半は女性が多いお店です。

常連さんも良く来店してくれますが、
初めてのお客さんにはさらに積極的に
話しかけるように心がけていました。

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ですが、ある日来店されたお客さんを接客していた時、
私はとんでもないモノを見てしまったのです・・・

 

ランチ時間が終わり、ティータイムに入った時間帯に、
子供を連れた母親が来店。

その親子は、どこか雰囲気的に話しかけることが
できない様な感じでした。

 

お子さんも、泣いた後のような顔をしていたので
「怒られたのかな?」と、その程度にしか
考えていなかったと思います。

 

水とおしぼりを出し、注文を聞きにその親子のテーブルへ
行くと、私はそこであることに気づいてしまったのです・・・

 

どこか、雰囲気が重い感じの親子。
悪いことをしてお母さんに怒られたのかな?と
最初はその程度に思っていた私ですが、親子のテーブルへ
オーダーを取りに行った時に気づいたのです。

 

「ご注文はお決まりですか?」
そう尋ね、ふと目線を子供へ向けた時でした。

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長袖が擦れて肘のところまで腕が見えていた女の子。
そこには、酷いアザが見え隠れしていたのです・・・

私と目が合った女の子は、咄嗟に服を引っ張って
アザを隠しました。

 

少ししか見えませんでしたが、青黒く酷いアザ。

「もしかしたら・・・」
嫌な予感がした私は、他のテーブルを回りながらも
ずっとその親子の様子を横目で見ていました。

 

すると、女の子がトイレに向かったので、私はすぐに
女の子の後を付けて、一緒にトイレへ入り小声で聞いてみることに

 

大丈夫?
痛いよね・・・今日、どこかで転んだの?

 

そう尋ねると、女の子は首を横にフリます。
そして、女の子のある異変に気付いたのです。

 

近づいてみると、小刻みにずっと震えている女の子は、
どこか怯えている様子。

 

お母さん、恐い?

と聞くと、何も言わずに泣きだしてしまったのです。

これは・・・確信に変わった私は、女の子の上の服を
少したくし上げ、背中を見て驚きました。

 

そこには、アザがたくさんあり、擦り傷までもが
無数にあったのです・・・

 

私はすぐに店長にこの事を相談し、警察に通報することにしました。

 

この母親は、娘へ常習的に虐待を行っていたらしく、
その後逮捕されたそうです。

 

警察の方に聞いた話によると、今までにも家の近所の人から
「子供が泣きじゃくっている」
と何度も通報があったそうですが決定的な証拠がなかった
為に深く介入できずにいたそうです。

 

その女の子は児童養護施設へ送られたそうですが
果たして私の行動が正しかったのかは分かりません。

でも、少なからずこの女の子が、日々の恐怖と
痛みから脱出できたことはよかったのではないかと思います。

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【感動】殉職した消防士の母親を迎えるため、空港で整列する仲間たち

アメリカでは消防士はヒーロー的存在として尊敬されており、危険と隣り合わせであることから仲間同士の信頼も厚く、兄弟のように近しい存在になっているとのことです。

ボストンで殉職した消防士の母親を迎えるために、空港で同僚らが整列して待つ姿が感動を呼んでいました。

その様子を写した1枚をご覧ください。

 
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通路の手前で、微動だにせず整列する消防士たち。

無言の彼らの気持ちが痛いほど伝わってきます。

先日ボストンでアパートの大火災が発生し、閉じ込められた人を救助した際に2人の消防士が地下に閉じ込められ、亡くなったとのことです。 (Two firefighters dead in Boston apartment blaze
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海外掲示板のコメントをご紹介します。

●消防士の兄弟愛ってのは本当にすごいんだ。

↑兄弟とも言える仲間を任務中に失うことは本当につらい。共に訓練し、共に食べ、時には数日一緒に過ごすんだ。定年、ケガ、最悪の死のときにもそばにいることになる。だから自分たちは消防署をハウスと呼ぶんだ。

●ローガン空港は消防局を持っていてマスコットになっている。どこに行くにも許可証を持っていると思う。

↑どの国際空港にも消防局はあるよ。

●どうして制服を着ているの? 軍と似たような感じ?

↑そうだよ。結束と敬意の象徴だよ。こうやって死んだ仲間の栄誉を称えるんだ。

●ボランティアの消防士だけど、いつもこういうストーリーには寒気がするよ。伝統なんだけど、最後は無線を使って殉職者を任務から解き放つんだ。いつもぐっとくる。

●写真で涙が出たよ。自分の命を引き換えに人を助ける任務を果たす人に敬礼だ。

●ここに出てくる母親のことを考えて涙が出た。彼女に心の平安が訪れますように。

●去年ヒューストンでもホテルで大火災があり、3人の消防士が亡くなった。これはその時の哀追式のもの。

見ず知らずの他人のために命を賭ける消防士に、誰もが敬意を払っていました。

ご冥福をお祈りします。

 
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【涙腺崩壊】バージンロードで足を止めた父親 ある男性の手を取り歩きだす・・・

9月に結婚式を行ったブリタニー・ペックさん。
彼女の結婚式で起こった出来事が今、話題となっています。

彼女の父、トッド・バックマンさん。

彼は、ブリタニーと共にバージンロードを歩んでいる途中で足を止め、ある男性のもとへと向かいます。感動的な花嫁の入場シーンでの出来事に、結婚式の参列者は困惑を隠せません。
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出典:facebook

父親が向かった男性は、トッド・チェンドロスキーさん。

実は彼もまたブリタニーの父親でした。トッド・バックマンさんはブリタニーの実の父。トッド・チェンドロスキーさんは義理の父親(母の再婚相手)だったのです。

バックマンさん(実父)は、チェンドロスキーさん(義父)の手を取り、バージンロードを共に歩もうと促したのでした。

バックマンさんと、チェンドロスキーさんは、今まであまり良い関係ではなかったといいます。しかし、娘の結婚式で自分がバージンロードを歩くことが決まったバックマンさんは、チェンドロスキーさんと共に歩むことを、式が始まる前から決めていました。

出典:facebook

バックマンさんは「彼は私と同じくらい、ブリタニーの人生に関わってきた。ふたりで娘を送るのは当たり前のことだよ」と語っています。

出典:facebook
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この写真を撮影したデリアさんによると、「この光景をみて涙しなかった人はいなかった」とのこと。

あまり良い関係ではなかった二人でしたが、チェンドロスキーさんは、バックマンさんに手を握られた時を「今まで生きてきて最高の出来事だった」と振り返ります。

そして、「私たちは家族になったのです。ふたりの親のエゴを出しあうのではなく、子どものことを考えなければならない」と語っています。

出典:facebook

実の父、義理の父が娘の結婚式で取ったこの行動は、Facebookで広がり賞賛の声が寄せられています。また、同じ境遇を経験した人たちからは「私たちもこのようにするべきだった」との声も。

ブリタニーさんは「辛いこともあったけど、今とても幸せだ」と語っています。

愛する娘のために、そして幸せの門出に”ふたりの父”が取った行動は最高の贈りものになったのではないでしょうか。

出典:facebook
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【涙腺崩壊】道に迷った台湾人を助けた日本人男性の発言に、台湾中が感動!!

ある台湾人の若者が日本に個人旅行に行った際に、
駅で迷っていた所を親切な日本人男性に助けてもらった
素敵な話が台湾で話題となっています。

 

この男性はFacebook上でこう述べていると言う。
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「駅の中でお酒の匂いを漂わせた日本人の
サラリーマンに遭遇した。

僕らが観光ガイドブックをみて話していたから、
初めは彼が僕たちに道を尋ねているのかと思ったけど、
彼は流暢な英語を使い、僕たちの道案内をしてくれた。

ホテルへのチェックインが遅れるのを心配して、
先にホテルに電話をしてくれた後に、
僕らをホテルに連れて行ってくれたんだ」

この親切な日本人男性は、台湾人を30分かけて
ホテルまで送り届けたと言う。

 

お別れの際に、この台湾人の若者は深々と
日本人男性に感謝の気持ちを伝えたという。

すると、反対に日本人男性から
「台湾が日本を助けてくれた事、本当にありがとう。
君達は最高だよ!」との返答が帰って来たという。

 

この台湾男性は「この言葉を聞いた時、
目が真っ赤になった」と語っている。

台湾のネット上では「とても感動した」
「あたたかい話だ」「日本人は本当に友好的、
私自身も優しくしてもらった事がある」
「この日本人男性に感謝します」等の反応があがっている。

 

廖寶兒
文章読んだら、目が真っ赤になった。温かい話だな。

 

林筱茹
日本の山梨県の塩山駅で、夜どこのお店も閉まってて
食べるものがなくて困っている時に、
小さい小料理屋のおじさんが焼き鳥を食べさせてくれた事がある。

 

Ariel Su
先週、東京に行った時に民宿を探している途中で、
道に迷ってしまった。
地図を見ながら民宿までの行き方を探していたら、
通りがかった親切なおばあさんが
「助けは必要ですか?」と話しかけてきてくれて、
とても詳細に行き方を教えてくれた。
東京、大阪、場所に関わらず、親切な人はいるんだね。

 

張兆緯
前回、東京に行った時道に迷ってしまいました。
その時、あるお母さんとその娘さんが地下鉄まで
送り届けてくれました。本当にありがとうございました。

 

Shu-Hsin Ke
今年の三月に浅草で写真を撮影した時、
ある日本のおじさんがこっちにやってきて
感謝を伝えてくれた。
そして高雄も頑張れと言ってくれた。
あの時は超感動したな。

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張烜睿
以前、大板に行った時、あるサラリーマンが
自由軒まで連れて行ってくれた。

 

Vivian Liu
あれから凄い年月が経ってるのに、なんだか、
本当に申しわけないなぁ…。

 

許淑芳
私達も神戶で親切な二人の高校生に出会った。
駅まで案内してくれたんだ。本当に感謝してます。

 

MJ Lee
京都で一度日本人のお姉さんに道を尋ねた事が
あったんだけど、お姉さんは英語があまり
得意じゃなかったんだけど、一生懸命に
伝えようと努力してくれた。

 

簡至妤
私達も優しい人に出会いました。

 

Shangting Xie
裏路地を観光してた時、見た感じ超悪そうな男性と
その友人がサッカーをしていた。
彼らのボールが僕らの足下に飛んで来たので
それを彼らに返したら、深々とお辞儀をした上で
ありがとうといってくれた。本当に礼儀正しい!
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【涙腺崩壊】私は21才で未亡人になり、天使の母親になった。夫と子供との幸せそうな一枚の写真。しかしこの写真の後、幸せは無惨にも粉々に崩れた

一組の夫婦が出会って7年目を迎える年。

2人はお互いがまだ15歳と16歳の時、
高校対抗のアメフト大会で出会いました。

そのまま交際へと発展し3年後には結婚。
幸せな家庭を築きます。

 

しばらくして彼女のお腹の中に
赤ちゃんが授かりました。
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生まれた息子の名前はパーカー・リー。

幸せいっぱいな二人には、他にも家を購入したり、
家族を増やしたりなど、将来の夢がたくさんありました。

 

しかしその夢が脆くとも崩れ去る出来事が
起きてしまいます。

 

その出来事が起きたのは2014年9月20日。
引き金となったのは、一人の女性のとった
ある行動でした。

妻・デスティニーはその時のことを一年後に
Facebook上で明らかにし、思いを綴ったのです。

 


「一年前の今日、他の日と何ら変わらない日でした。
夫・コーレーが起きて仕事に行った後、
パーカーと私は家で一日中一緒に遊んでいました。

コーレーが一度仕事から戻って来て、息子と遊びながら
3人でお客さんとの打ち合わせの時まで時間を潰していました。

 

出かける準備ができた時、その数分後に、
全てが変わってしまうなんて思いもありませんでした。

私たちが一緒に夢見たことはもう一生叶う事はありません」

一緒に小さな家を買うこともできない。

パーカーを初めての散髪に連れて行ってあげることもできない。
学校の初登校にだって・・・

そして私は大切な家族ともう生きて逢うこともできない。

全てなくした・・・
こんなこと求めていなかった・・・

 

車は、夫が運転していて、後部席に座っていた息子は
楽しそうに「ミッキーマウス」のビデオを見ていました。

そして私たちは飲酒運転をしていた車に追突されました。
この日のこの時間の事ことは一生忘れることが出来ません。

 

「大丈夫だろう」と思った身勝手な人間の行動が、
後部座席にいた15ヶ月の息子を即死させた。

事故現場から私たち夫婦はヘリで病院まで運ばれて
その24時間後には、夫が亡くなった。

 

この女性は私の家族を崩壊させ、
救急隊員を精神的に痛めつけた。

 

その女性が新種運転をしたことで、私は21歳で
未亡人になり、天使の母親になった。

様々なニュースが飛び交った。息子の検視解剖の写真や、
それを復元した画像がおくられてきた。

21歳の女の子が見るべきものではありませんでした。

彼女は私の夢を壊し、この世のものとは思えないほどの
苦しみを味わさせられた・・・

 
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ある日、母親で妻のデスティニーはいなくなった。
あれ以来、私は自分を見つけなければならなかった。

自分にこんな力があるなんて思いもしませんでした。
多くの友人の祈りや支えがあったからこそ、
曽於力を見つけることが出来たのだと思う。

 

未亡人の集まりにも参加して、この苦しみを抱いている
のは私だけじゃないという事が分かりました。

 

辛かった・・・
私の家族のいない未来は、酔っぱらった身勝手な彼女を
誰かが止めていたら防げたはず。

あなただって誰かの命を救える!
友達や家族に飲酒運転は絶対にさせないで。

飲酒検問所の位置も共有しないで。
支援者になって、私と一緒にやめさせよう!

犠牲になるのは一人の命だって大きすぎる
飲酒運転は絶対に止めて!

 

 

彼女の訴えは現在、世界中から共感を呼び、
この投稿は今も尚シェアされ続けています。

 

飲酒運転をしていた女性も彼女の夫と息子同様に
事故で亡くなったそうです。

 

一度失った命はもう元には戻りません。
しかし、彼女は毎日懸命に最愛の人々を失った
悲しさと戦い続けています。

 

同じ悲しみを背負う、人が出来る限り現れないことを願って。

 

彼女の経験した悲しい体験を無駄にすることのないように、
このメッセージがより多くの人の元に届くことを願います。


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【感動する話】交通事故で脳に重大な損傷で植物人間となった6歳の少年を救った、ある一匹の犬が起こした奇跡

アメリカ・ユタ州で生まれた、一つの奇跡。

カレブ・ハワードくんという、
6歳の少年がいました。

その少年は不幸にも交通事故に巻き込まれ、
何とか一命だけは取り留めたものの、
全身骨折に加え脳にも
重い損傷を負ってしまいます。
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意識不明の重体。
誰の呼びかけにも応じない植物人間状態と
なってしまい、医師からも家族からも
回復は絶望視されていました。

 

そんな時、意識のない
カレブ君の元に一つの出会いが、
生まれます。

 

カレブ君の両親に紹介された、一匹の犬。

 

「セラピードッグ」という、特別な訓練を
受けたカーネルという犬と出会ったのでした。

 

動くことも話すこともできないカレブ君。
誰の呼びかけにも応じないその状況を
何とか打開しようと、両親はカーネルに
望みを託すのでした。

 

セラピードッグのカーネルと出会ったカレブ君。
今まで、誰の声にも応じることはありませんでした。

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しかし、ここで、誰もが思いもよらなかった
奇跡が起こります。

なんと、カーネルを見た瞬間、今まで何一つ
挙動を見せなかったカレブ君の瞳が
カーネルを見るのでした。

 

カーネルが寄り添い続けていると、カレブ君は少しずつ
周囲の出来事に反応するようになります。

 

カーネルが触れるくらいの距離で一緒に寝ると、
カレブくんはカーネルを触ろうと一生懸命腕を
伸ばし、指を動かすのでした。

 

 

医師も予想も出来なかった、カーネルが起こした奇跡。

 

カーネルが寄り添い続けることで、カレブくんはどんどん生気を
宿していきます。

 

そしてついに・・・
カーネルの隣を、共に歩けるようになる日が
訪れるのでした。

 

カレブくんは、脳に重度な損傷を負ったり、
全身骨折となったりと、身体的に大きなダメージを
受けてしまいました。

 

しかしそれと同時に、あまりに過酷で厳しい状況に
心の内側の支えが折れて、回復をしようという
志すらをなくしてしまう事があるそうです。

 

そうした状況だったからこそ、
誰がどのような呼びかけをしても、
意思がなくなってしまいカレブくんは呼びかけに
反応しなかったのかもしれません。

 

しかし、そんなカレブくんの心にスッと
寄り添ったセラピードッグのカーネル。

 

「カーネルに触れたい」

 

驚くほど純粋なその想いがカレブくんに再び
体を動かすという強い意志を呼び起こしてくれたのでは
ないでしょうか。

 

カーネルが起こした奇跡の一部始終は、
こちらからご覧ください。

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出典元:Caleb’s Story

【涙腺崩壊】たった数時間の結婚生活。余命わずかな青年が最期に叶えた、病室での結婚式

出典:facebook

アメリカ合衆国テキサス州にある、聖バプテストアンソニー病院。2016年12月9日…この病院で、小さな結婚式が行われました。

式場は病室…。そして、新郎がいる場所は、ベッドの上でした。

余命わずかのがん患者のために…。病室で行われた結婚式

2ヶ月前にこの病院に入院した、33歳のラウル・タイニー・ヒノホサさん。彼は3年もの間、がんと戦ってきました。

そんな彼を献身的に支え、励まし続けてきたのがパートナーのイヴォンヌ・ラマさん。
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イヴォンヌさんの3人の連れ子を含む4人の子どもたちと共に、彼らは11年間支え合ってきたのです。

しかし、容態はどんどん悪化…

そんな中、ある日タイニーさんの容態は急激に悪化。肺や腎臓の活動が弱まっているのを見て、「残念だが、彼は余命わずかだろう」と病院は判断します。

病院の牧師がタイニーさんに『最後の願い』を問うと、彼はこう言ったのです。

「彼女と…イヴォンヌと結婚式を挙げたい」

病院は、急きょ彼らの結婚式を開くことに

彼らの長年の願いを叶えるべく、急ぎ準備に取り掛かった病院のスタッフ。牧師は結婚許可書を得るために裁判所へ赴き、看護師たちは装飾の飾りつけなどに励みます。

タイニーさんの衣装は、ちょうど娘の学校行事へ赴いていた看護師がスーツを貸してくれることになりました。

そして、数時間後…

病院には、彼らの親戚や友人が集まりました。カフェテリアでケーキも焼き、たった数時間で準備は万端です。

スーツを着たタイニーさんの前に現れたのは、スタッフが用意したバージンロードを歩く白いドレスを着たイヴォンヌさん。

たくさんの祝福に包まれ、病室内で結婚式が始まりました。

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2人の友人であるドミンゴさんは、結婚式の様子を自身のFacebookに投稿。愛があふれる光景は、世界中の人の心をうちました。

36時間後、彼は旅立っていった

結婚式から36時間後…タイニーさんは帰らぬ人となりました。

タイニーさんが入院してから毎日彼の元で寄り添っていたイヴォンヌさんは、CNNにこう語ります。

「彼はとてもロマンチックで、優しい人です。いつだって、私のことを第一に考えてくれました。
それに、私の連れ子でも実の娘のように愛してくれる素敵な父親でした」

CNN.com ーより引用(和訳)

彼の死後、タイニーさんの死亡証明書に署名したイヴォンヌさん。そこには、彼の姓になったイヴォンヌさんの名前が初めて綴られていました。
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日本人の素晴らしさに涙ぐむストイコビッチの感動エピソード

引退を決め、名古屋とレッドスターーとの引退親善試合を終え、

ベオグラードに旅立つ数日前、私(ドラガン・ストイコビッチ)は

家族4人で名古屋のレストランに出かけた。

 

レストランに入っても、誰も振り向かないので、今日は

自分の事を知らない人ばかりなんだろうなと思い、

4人で楽しく会話していた。

 

ところが、食事を終え、立ち上がった途端、

一斉にお店中に拍手の音が鳴り響いた。

 
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一瞬何が起こったかわからずボーゼンとしたが

周りを見回して見ると、皆、笑顔を見せながら、

こちらに向かって拍手しているではないか。

 

しかも、「ピクシーありがとう」という

感謝の言葉を口にして・・・

なんと、この人達は、私たちを気遣って、食事が

終るまで、敢えて、無関心を装ってくれて

いたのです。

 

怪我をして、傷心でやってきた私を助けてくれたのは

むしろ日本の方なのになんという人達なのだろうか

私がいた他の国で、こんなに素晴らしい人達がいただろうか

私たちは思わず涙が出そうになった。

 

本当に日本に来て良かった、と改めて思った。

私はこの日のことは一生忘れないだろう。

 

私たちの方こそ言いたい

「日本のみなさんありがとう」と。

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